人生も五十路を迎えてから、もう「買うまい」と心に決めたのが2つある。それは本と陶器類だった。本は若いころに買って読みあさったのは自宅の書棚に詰め込まれ、今は取り出して読む気にもならない。読みたい本があったら図書館から借りて来ることにしている。陶器も買うまいと思ったのは、特段、そちらの趣味があるわけでもないし、またとうに亡くなった父と母が残した古い皿や茶わんがまだかなり残っており、陶器を美術品として増やしても将来のことを思うと不燃ゴミになるだけに、不要なモノを残して人に迷惑を掛けたくない。
こんな風に割り切ったのだが、先日、一冊の本と一個の陶器を買い求めた。本は「朝日キーワード2006」であり、陶器は南外に取材に行った際に手にした楢岡焼の「湯冷まし」だ。朝日キーワードは政治から経済、文化、科学技術、医療など豊富な知識が詰め込まれていて仕事にも役立つと思い買い求めた。一方の湯冷ましは楢岡焼独特の深い青みの釉薬の魅力に取りつかれ購入した。
朝日キーワードは市役所記者室に置いて、昼に食事をしながら目を通している。時代がスピードアップしているせいか、このごろは新聞やテレビのニュースに耳を傾けても分からない言葉が多くなった。
特に小泉さんが首相になってからは新しい言葉が次々と登場し、戸惑った。「三位一体改革」や「郵政民営化」「構造改革特区」「政府系金融機関改革」「特別会計改革」など民営化や改革の言葉がオンパレードし、その意味をよく飲み込めず、悩んだ。三位一体はキリスト教の教義で父なる神とその子、イエス、そして聖霊は一つの神であり、文学的には3者が協力して一体になると理解している。それが「骨太の方針」とかで国の補助金のあり方を変える言葉に言い換えられたから馴染むまで時間がかかった。
時を経てようやくその意味が分かりかけたと思えば、国家公務員から公社職員となった郵便局員が今度は民営化で一般のサラリーマンとなる。
若いころと違って、このごろは新聞に目を通しても活字の意味がスムーズに飲み込めず苦労する。いや空回りしていると言っていい。そうした折りに本屋に足を運んだら目の前に「朝日キーワード」という本があり、これならと買い求めた。手にして目を通していると結構、面白いし、知識としても役に立つ。
もう一つの湯冷ましは日曜日、ユッタリした気分でお茶を楽しみたい時に使えると思って買った。妻が買い求めたものがあるはずだが、食器棚の奥のどこにしまったのか最近、その居場所が分からないため、困っていた。お茶は普段、妻が煎れてくれるが、煎茶の場合、なぜか自分が煎れると美味しいような気がする。妻も自分の煎れたお茶を「ウン。うまい」と喜んで飲む。
多分、急須に入れる葉の量の違いかと思うが、こちらはどちらかというとタップリとお茶葉を入れてしまう。そして茶わんに前もってお湯を注ぎ、それがいくぶん冷めてからお茶を煎れる。それがお茶の味わいを良くしているのか、煎茶だけは自分の煎れたのがうまい。それだけに湯冷ましは欲しいものだと思っていた。
取材に行った折りに楢岡焼の窯場で当主から「この焼物とこちらの焼物を比べ、どちらがいいと思いますか」と問われた。釉薬の具合や窯の中での火がどう回ったかでその焼物の良し悪しが決まるのだと伺った。どちらがいいのか良く判断がつかなかったが、「見た目ではこちらがいいような気がします」と手に取ったら、当主から「その通りです」とお褒めの言葉を頂いた。
そのひと言が効いた。「陶芸のプロから褒められたんだから嬉しい。これを頂きます」とその場で買い求めることにした。妻にもその「湯冷まし」を使って、美味しいお茶を飲ませたいとも思った。もう買うまいと思っていた本と陶器だったが、買ってみると役にも立つし、喜びを与えてくれるものだ。五十路を迎えてから、人生の店じまいの準備も必要かなと思ったが、買い物という楽しみは生きているうち続けてみるべきだと思った。