日曜日、仙北市の市議選取材で田沢湖を訪れた。妻も行きたいと言うので妻と小犬のパピーを同行しての田沢湖行きだった。途中、刺巻湿原に寄ったらミズバショウまつりが始まっていた。遊歩道の半分以上は雪に覆われていたが、清楚でかれんな白い花を雪の中で目にした時は「ああ。ここにも春が来たんだな」と嬉しかった。待ちに待った花の季節が来たのだ。
先週のこちら編集室で「最近、どうにも書くというエネルギーが沸かなくなった」と書いたら、読者から心配や励ましのメールを頂いた。中には「燃え尽き症候群はなしにして下さい。私は寂しいし、悲しい」との訴えもあった。その人は「こち編を毎週、楽しみにしている隠れファンがいるんですよ」とも述べていた。嬉しいと思った。正直、感謝申したい。
太宰治は「書くという仕事は力仕事です。堅い岩に鑿を振るうような」と書いたような記憶がある。こち編を継続してきていて、本当にそう思ったことが何度もあった。その書くという力仕事、エネルギーが年々、薄れてきている。そして時々、全てを投げ出してノンビリしたいと思う。
日曜日の朝の散歩時に「今日は田沢湖に取材に行かなければいけないんだ」と妻に行った時、「アタシも行きたいな」と言ってくれた時は嬉しかった。こちらは仕事での田沢湖行きだが、市議選への届出者名簿さえもらったら後はその原稿を書くだけで済む。「一緒に田沢湖を歩こうか」と遠出を楽しむことにした。
このごろ、妻と共に過ごす時間を大切にしたいという意識が強くなった。その呼び水となったのは朝日新聞が4日から「生活面」に5回にわたって掲載した「患者を生きる がん 夫婦」の記事だった。
記事は茨城県の佐藤茂さん(68)にスポットを当て、8年前に奥さまの和恵さんが腎臓がんで亡くなった経緯を紹介した。佐藤さんは大手電機メーカーの技師として仕事一筋に生きたが、定年後は妻と一緒に旅行することが何よりも楽しみにしていた。家庭のことはすべて妻に任せきりだった佐藤さんは「定年後は妻と旅行することで恩返しをしたい。それが夫婦の夢だった」と述べている。
しかし、その佐藤さんの定年まで半年足らずとなった97年春、和恵さんは腎臓がんから鎖骨に転移した悪性の腫瘍で入院し、3度の手術を繰り返したにも関わらずその翌年には亡くなった。その記事に目を通しているうち、人生の虚しさ、生きることの悲しさを強く感じた。同時に今、生きていられる時間をより大切にしたいと思った。
わが家でも妻は昨年、仕事を辞め、今は専業主婦を楽しんでいる。朝、自分が家を出る時は小犬のパピーを抱いて見送りに出て、日々、家で過ごしている。幸い近所にも同年配で職場から家庭に入った奥さまたちもいて、その人たちとの交流もあって「専業主婦ってのも楽しい」と充実した毎日を送っているようだ。
妻とは結婚して以来30年以上も朝夕、1台の車でお互いの職場に通い続けた。それが終わっただけにこの1年間、一人で職場に通う自分の心はポッカリと穴が空いたような寂しさもあった。
意識したこともなかったが毎日、1台の車に乗って通勤している自分たちの姿をすれ違いしながら、観ていた人もいたようだ。ある日の夜、街に飲みに出かけたらお店のママさんが「伊藤さん。うちの息子は伊藤さん夫婦をいつも車の中から観ていて、ああいうのが理想の夫婦だと思うと言ってるんですよ」と聞かされた。その人の息子さんの目には車で一緒に通勤している自分たちの姿が格段と仲の良い夫婦と映ったようだ。
確かに自分たち夫婦はケンカもするが、仲はいい方だと思っている。子どもがいなかった分、お互い支え合い、頼り合って生きてきた。だから妻は自分に「あなたも仕事を辞めたらノンビリと旅行したいね」とよく口にし、先日も田沢湖高原には犬と一緒に泊まれるホテルがあると知って「いつかそのホテルに泊まってみようよ」と提案した。
犬も家族として迎えてくれるホテル。こちらも「それは嬉しいね」と二つ返事で賛成した。小犬のパピーを連れて行った場合、心配なのはおしっこや吠え声だ。おしっこはパピー用のおむつを持参し、ホテルに入る前に充分、散歩させたら問題はないと思う。それに親バカかもしれないが、パピーの場合、外にでるとなぜかとてもお利口さんになって無駄な吠え方はしない。
犬も家族として泊まれるという田沢湖のそのホテルに一晩だけでも泊まり、夕食を楽しんでみたい。これからはそうした日々を大切にしたいと思う。4月15日、気持ちのいい春の朝を迎えた。