こちら編集室「カッコーの鳴く季節」(5月19日)

  晴れた日、仕事を終えて家に帰ると妻は、玄関戸を開けたまま裏庭で過ごしていることが多い。小さな庭だが今年は花が良く咲いた。雪解けと同時に福寿草が顔を出し、スイセンが微笑んだ。そして今月の5連休には「しだれ桜」も淡いピンクの花びらをいっぱいに咲かせた。それが終わってからは紅色の花ももが満開となったし、チューリップも可愛い笑顔を見せるようになった。ユキヤナギが真っ白な衣を身につければ、パンジーが風になびいた。さらには表玄関の通路と石垣の上にはオダマキと忘れな草が開花し、ブルーとピンク色の〃二重奏〃を演じている。

  妻はそうした草花を相手に庭に散った花びらを掃いたり、草取りをしているようだ。そして小犬のパピーは開け放たれた居間のドアの前に座って、まるで狛犬のような姿で外を伺っている。玄関前に車を停め、外をジッと見つめているパピーを目にした時の「ああ。今日も仕事が終わったな」と思う幸福感は何とも言えない。

  小犬のパピーはひたすら自分の帰りを家の中で耳をそばだてて待っているのだ。そして車が停まると同時に気がつくようで「アッ、帰ってきた」とワンワン叫び出す。外に飛び出さないよう居間の入口に置かれた柵の前に2本足で立って、歓迎のあいさつをする。しっぽを左右に思い切り振って喜びを全身で表す。その小犬のパピーの声に妻も自分の帰宅を知って裏庭から駆けつけてくれる。これがわが家の夕方の風景だ。

  パピーを連れ出して散歩に出たら、今年初めてのカッコーの声を聞いた。カッコー、カッコーと遠く、近くから牧歌的な声が響き、「ああ。カッコーの鳴く季節が来たんだ」と懐かしく思った。暑くもなく、寒くもない。そして木々が最も美しくなる季節を迎えたのだ。

  横手川の堤防を歩いた。ツクシはスギナに変わったが、紫の踊り子草が群れ、子どものころかじってその酸っぱさを楽しんだスイバも勢いづいて来た。数年前だが、堤防沿いにグループホームが建てられ、お年寄りたちが共同生活をしている。東山を眺めながら、その堤防の上を歩いていたら、パピーを呼ぶ声がした。

  その声の方に目をやったらグループホームで生活しているおばあさんだった。「パピーおいで。パピーお出で」。そう呼んでいるように聞こえた。パピーも立ち止まった。そしてしっぽを振って応えた。呼ばれるままにそちらの方に足を向けたらおばあさんは「オヤオヤ。来てくれたの。まあ嬉しい」と目を細めた。そして「ワタシ、もう力がなくて抱けないけどなでてやりたいナ」と縋るような目をこちらに向けた。

  それならとパピーを抱き上げたら、「アア。やっぱりパピヨンだ。ワタシの家でもこの子を飼ってたのよ。やっぱりパピヨンは可愛い」となでながら、「こうしてまた触れるなんて。ああ、パピヨンは可愛い」と喜んだ。パピーは黙ってそのおばあさんがなでてくれる手を受け入れていた。「あなた名前は・・・」。おばあさんの語りかけは動物へではなく、まるで人の子に話しかけるような優しさだった。

  「パピーですよ」と答えると「アラ。家の子と同じ。そう。あなたやっぱりパピちゃんだったの」とおばあさんは喜んだ。側で見守っていた介護の青年も「おばあちゃん。良かったね。ワンちゃんが来てくれて」と声をかけ、「本当にありがとうございました」と自分にもお礼を言う。

  嬉しかったのはこちらの方だった。わが家の小犬のパピーがグループホームで生活しているおばあさんを癒す役目を果たしてくれたからだ。「パピちゃん。また来てね」。別れ際にそう語りかけるおばあさんの声を背に再び横手川の堤防を歩いた。カッコーの鳴き声がした。

  童謡の「静かな湖畔」が頭に浮かんだ。「静かな湖畔の森のかげから」。ここまでは歌詞を思い出せたが、その後が分からなかった。記憶が戻らないまま「静かな湖畔の森のかげから・・・・かっこうがなく  カッコ  カッコ  カコ  カコ  カコ」を歌った。カッコーの鳴く季節を迎えた。