こちら編集室「クチナシの花」(7月14日)

  車庫前に置いたクチナシの花が咲いた。最初は2つだけだったが、その翌日からは次々と白い花が咲き出した。「あなたクチナシの花が咲いたよ。渡哲也の花が咲いたのよ。ちょっと来てみて」。表で花に水をやっていた妻が、玄関に立って呼んだのは先週の夕方だった。

  小犬のパピーの散歩を終え、自宅に入ったら妻の声が響いた。「ちょっと来てみて」。妻がこう言って呼ぶ時は機嫌がいい時だ。嬉しいことがあると、必ず自分を呼んでその喜びを共有しようとする。その声に応じて表に出てみるとなるほど車庫前に置いた鉢植えのクチナシの花が白い、雪のような白い花を2つ、咲かせていた。顔を近づけるとプーンとかすかに甘い香りがした。「おう。咲いたな。綺麗だ。ウン。きれいだ」と感嘆の声を挙げると妻も「咲いたでしょう。今年はいっぱい咲くみたいよ。ほら、そこにも、ここにも花の芽が大きく膨らんでいるから」と花の芽を指さし、顔をほころばせた。

  クチナシの花。去年だったろうか。妻の花の先生でもあり、人生の先輩でもある県を退職した女の人からもらったものだった。その人もクチナシの花は「渡哲也の花」と呼び、「和子さん。渡哲也のこの花、あなたにあげるから持って行って」と鉢植えのまま頂いてきた。それを昨年は玄関前の通路に置き、冬は風除室で過ごさせた。そして春の雪解けと同時に日当たりのいい車庫前へと移し、ベコニアやペチュニアなどの花々と並べ、見守っていた。

  どの花も妻は大事にしながら栄養液を与えたり、天気のいい日は水を欠かさず、花が咲いては楽しんでいた。残念ながら「マツバギク」は先月末、誰かに持ち去られたが、残った花たちが盗まれて傷ついた妻の心を少しずつ癒し、次第にマツバギクのことは口にしなくなった。忘れたというより、意識しないようにしているのだろう。そして別な花に愛着を振り向けようとしているようだ。

  先週の土曜日はチューリップの球根をプランターから取り出す手伝いを頼まれ、裏庭で二人でプランターの土いじりをした。土の中には花の終えたチューリップの球根が、大小様々な姿でいっぱいあった。それを一つひとつ土の中から手探りで見つけてはビニールのかごに入れた。

  しかし、土をいじるということはその土の中に生きているミミズや虫たちとも出会うことである。子どものころは何でもなかったミミズやムカデなどの虫も大人になった今は怖くてしょうがない。さすがにムカデには子どもの時も触ったことはないが、ミミズはそれこそ魚釣りのエサにするため肥塚を掘り起こしては指で捕まえ、釣り針に通したものだった。なのに今ではミミズが出ては妻と飛び上がるように驚き、そして割りばしで恐る恐ると捕まえては遠くに放り投げた。いずれにしても虫が恐くなった。お互い、ミミズやムカデのような虫に悲鳴をあげながらの土いじりは振り返ってみると可笑しいものだ。

  そして球根を掘り出した後の土を利用してアサガオの株分けをし、夏を迎えることにした。その日はとうとうアサガオの蔓を伸ばすための紐をかけるまでには行かず昼を迎えてしまった。日曜日は仕事も入っていたため、土曜日のその日を自分の休日とし、横手市にドライブしてソバを食べ、横手市の大型店をブラブラした。決まったようにまた楽器店に入り、ドラムのセットを眺め、「こいつを自由に叩いて演奏できたらナ」と憧れた。

  その大型店で助かったのが携帯電話の機能だった。難聴気味となっていることは分かっていたが、携帯電話での相手の声がこのごろほとんど聞き取れなくて困っていた。難聴用の電話があったらと尋ねてみたいと思っていたが、わざわざ耳が遠くてと言うのも恥ずかしく黙っていたら、妻が「あなた。ちょっとあなたの携帯貸して」と自分の電話機を手にドコモの店に入った。

  こちらはその周辺でブラブラしていたら、妻が笑顔で駆けつけ「ちょっと来て」とドコモへと連れて行った。そして店員から「これでは聞こえなかったかもしれません。受話音量が一番、低い状態になってますから」と言われ、音量を高くしてもらった。そして「私が電話を掛けますから、受け取ってみて下さい」とその店員さんは電話をくれた。「モシモシ。聞こえますか」。女の人の優しい声がハッキリと響いた。「ああ。聞こえます。聞こえます」と自分は嬉しさに声も弾んだ。

  携帯電話。この便利でそれでいてほとんどその機能を使いこなせない自分。「ここを押すと音量調節の画面になりますから、これで調節して下さい」と教えられた。わずかなことで解決する。土曜日の午後。楽しいひと時だった。

  「いまでは指輪も 回るほどやせてやつれた お前のうわさ  くちなしの花の 花のかおりが  旅路のはてまで ついてくる  くちなしの白い花  おまえのような 花だった」   渡哲也の「くちなしの花」を口ずさみ自宅に帰ったら、白いクチナシの花がいっぱいに咲いていた。