こちら編集室「家族の影」(8月11日)

  暑い日々が続いている。やはり8月だなと思う。ギラギラした陽射し、ミーンミーンと梢から聞こえてくるセミの声。黙っていても汗ばむような夏を迎えた。朝の散歩は出来るだけ涼しいうちに済ませようとこのごろは5時前に目覚め、スタートさせている。

  畑を持っている人たちはキュウリやナス、トマトの収穫期を迎えたようで朝、散歩していると畑にいる人から声を掛けられ、「これ食べてけねが」とキュウリやナスのプレゼントがある。それほど親しくしたわけではなく、ただ通りすがりに朝のあいさつを交わした程度の人である。朝、こうしたおすそ分けをもらうと妻は「早起きは三文の得と言うけどホントね」と笑顔だ。

  こうして朝の散歩を続けて気がついたのだが、もう苗から稲穂が芽を出している。あの弱々しかった苗が、いまでは剣のようにスクッと背丈を伸ばし、穂を出してきたのだ。今年は7月の長雨で「日照不足」が心配されていたが、農家の人たちが丹精込めて植え、育てた苗はきちんと農家の人たちの期待に応えている。可愛がられた苗は「良く育つ」と思った。

  夏の朝は午前5時に起きても太陽がもう東山から昇ってギラギラとした陽射しを照りつけている。その太陽に向かって散歩はスタートする。藤木小学校に向かい、さらに足を伸ばして農道へ出て、そこから左折し、自宅へと戻る。約3.3キロの道のりだ。

  子どものころ歩いた藤木小学校への道は砂利道で、左右とも田んぼしかなかった。単調な道だったなと思う。学校からの帰りはいつも一人だったし、あぜ道にある水路に笹舟を流して、それと競争しながら走ったこともある。

  その笹舟を作れないかと最近、堤防のそばで見つけた笹の葉を手折って折ってみたが、どうにも作り方が思い出せない。どうやって折ったものか。昔の人は単純なものから遊びを思い付き、道具にしたものだと感心する。

  朝の散歩も折り返し地点から自宅に向かうと太陽を背に歩くことになる。横手川の橋に架かる歩道橋を歩いたら、妻と自分、そして小犬のパピーの姿が見事な影となって路面に映し出された。2人と1匹の紛れもない小さな家族の長い影だった。その影を見て、妻も自分も「ああ。これが私たち家族の姿ね」と感動した。

  自分が30代の時、母は脳卒中で倒れ、それから間もなく父は肺がんで倒れ、二人とも仙北組合総合病院に入院した。母が入院したのは2月の寒い夜だった。その母の面倒を見ていた父が病院で倒れた。そしてそのまま入院となった。医師から呼ばれ「残念ですがお父さんの病気は回復が難しいです。良く持って半年と思って下さい」と言われた。

  それから9月27日の夜、父が77歳で亡くなるまで自分たち夫婦は病院のベッドの下で夜は過ごした。父も母も晩年は「和子のおかげで楽しかった」と幸せそうにしていたことだけは自慢できる。半年間、ベッドの下で寝起きしながら、寝たきりとなった母を妻は介護し、深夜、起こされる辛さを口にもせず、車いすで何度もトイレに母を運んだ。

  夏になって父の病気が重くなり、個室に移ってからは父の部屋に二人で移動し、そこで朝まで過ごした。9月に入ると死を前に神経をとがめたのだろう。夜、電気を付けているだけでも意味の分からない声を張り上げ、付き添っている自分たちを困惑させた。

  それでも妻は4人だけの家族だからと母を世話し、父を看病した。そして9月27日の夜、父は眠ったまま旅立ち、家族は3人となった。それから10年後、母も寝たきりのまま特別養護老人ホームで世話になり、静かに88歳の最後を遂げた。老人ホームに入った母を「いつも一緒だよ」と思ってもらおうと「朝夕毎日、顔を出そう」と言ってくれたのも妻だった。母は出勤前に顔を出すとたったひと言、「来てけだが」と言うだけだった。夕方、仕事を終え母の部屋に顔を出してもやはり、「来てけだが」だけだった。仲の良かった父を失ってからは生きる気力を失ったまま寝たきりの10年間だったと思う。

  4人だった家族は2人きりとなり、それからしばらくしてから柴犬のアキが新しい家族となった。アキは2人きりの寂しい家庭に大きな喜びを運んできた。妻はアキ、アキと可愛がり、ドライブに行く時は膝に乗せてわが子のように大切にした。

  そして7年前の春には小犬のパピヨンことパピーも加わり、わが家は2人と2匹の家族となった。最初、アキは小犬のパピーを嫌ったが、次第に仲間として受け入れ、一緒に朝夕の散歩にも付き合うようになった。しかし、そのアキも2年前の1月には16歳という高齢で亡くなった。

  今は2人とパピーだけの家族となった。その家族の長い影が横手川の歩道橋の地面に落ちた。妻が「パピーの耳、可愛いねー。パピーの影、そしてあなたと私の影が並んで嬉しいなー」と笑顔を見せた。この長い影がいつまでもいつまでもあってほしいと思った。暑い夏の朝である。