夕方、近くの「川港親水公園」を歩いているとセミの骸(むくろ)を見る。その姿を見ると命のはかなさに胸が痛む。セミが長い地中の生活から外に出て、活動できるのはせいぜい1週間前後という。その命の短さからだろうか。セミたちはこの夏、公園の杉林の中で精いっぱいに鳴いた。大地にしみ入るほどその鳴き声がこだました。
今、そのセミの声は舞台から去り、代わって秋の虫たちが鳴き出した。小犬のパピーを連れて公園を歩くと草むらから「リーン、リーン」とコオロギたちのさえずりが涼やかに聞こえる。鈴の音のような澄みきった音だ。
今日から9月が始まった。日暮れも一段と早まり、夜の闇が長くなった。夜、空を眺めると星がキラメキを増している。これから秋である。陽射しは遠くなり、公園を歩いていると病葉が散って、サラサラと舞うようになった。
「こちら編集室」に向かおうと思ったが、今週は健康診断で目が引っ掛かり、眼科での診断で半日がつぶれた。妻は眼科に行く朝、心配して「診察が終わったら必ず電話するのよ」と何度も念を押し、朝の出勤を見送った。
健康診断で眼底検査を受けたら「黒目の部分が小さくなってるようなので、専門医に相談してみて下さい」と注意された。黒目が縮小するとどういう結果になるかは分からないが、人生を卒業間近に控え、目の病気には罹りたくないと思った。もしも目の病で見る楽しみを失ったら風景も楽しめない。草花も楽しめない。それに本も楽しめない。テレビは余り観ることはないが、それでも貴重な娯楽だ。
そんな不安もあって眼科医の診察を受けた。混んでいるお医者さんで診察まで3時間も待たされた。結果は「深刻ではないが、機会を見つけて目の瞳孔を拡大する薬を点けてみましょう」と勧められた。その結果を妻に電話で知らせた。「ああ。良かった。大したことはないのね。良かった」。妻のそのひと言がありがたかった。
金曜日午後。再び「こちら編集室」に向かおうと思い、午前中は地域高規格道路をまとめ、さらに敬老会の取材に行き、それをまとめていたら、中仙地域でクマが出て、女性2人がケガをしたというニュースが飛び込んだ。
その取材もしていたらゆとりのないまま金曜日の夕方を迎えた。まだ、目には何ら支障は来してないが、黒目の縮小が気になる。それを拡大する薬を点眼すると半日は車の運転は出来ないという。何とか調整をつけ、近いうちにもう一度、眼科医の診察を受けたい。年を取るということはこういうことかと思う。健康でありたいと思うが、体のあちこちが弱ってくる。
それにしても今日、敬老会で出会った人たちの笑顔は良かった。元気さがあった。優しさと慈しみが感じられた。栗林次美市長は「皆さんは先の大戦で大変な苦労をされた。そして奇跡のような復興を遂げた。皆さんが培った知識、経験、技術をどうぞ次の世代へと引き継がせて下さるよう、お願いしたい」と励ました。
このごろ、毎日のように少年による殺人事件が新聞を賑わしている。母親を友だちに頼んで殺させた北海道の少年。工業高等専門校の女子生徒を殺害した少年。先日は家に放火して母親と兄弟を殺した少年もいた。なぜこうも少年たちの悲惨な事件が国内に蔓延するようになったのだろうか。
今日、敬老会でお会いした慈しみと優しさに満ちたお年寄りの笑顔とふれ合ったら、少年たちによるこうした悲劇はいくぶんでも減るのではないだろうか。黒目が縮小気味という診察結果を気にしながら、考えた。