台風13号が駆け抜けた20日夕、帰宅途中の「追分」で美しい夕陽を見た。午後5時半ごろだった。真っ赤な、大きな太陽が西山へユックリと沈んで行った。その美しさに車を止め、カメラに収めながら見とれた。夕陽は寂しいほど美しいものだった。夕陽は悲しいほど美しいものだった。こうした美しい夕陽を観ていると秋は寂しさが募るが、秋もいいなと思った。
ソバを食べる会の誘いを受けて17日、宮城県仙台市へと遠出した。自分たち夫婦も含めて25人が参加したため、マイクロバスは満席だった。バスは朝8時に大仙市役所を出発し、途中の休憩を含めて仙台市に着いたのは午前11時だった。
なぜかマイクロバスに乗ると車酔いしそうになるため、前に座った人にはとても迷惑をかけたが、窓を少しだけ開けて外気を吸うようにした。この日は雨模様であり、外からの冷たい風は前に座ったやや高齢の女の人には辛かったようだ。しかし、ビッシリ詰まった車内の人いきれにも酔いそうで、少しだけ窓を開け、前の席には風が行かないようカーテンで抑えるなど可能な限りの工夫もした。
横手市から自動車道に乗って北上へと向かった。その途中、トイレタイムでパーキングに寄った時、「伊藤さん。冷たいものを飲みたかったら車内に麦茶があるから」と言われて助かった。その麦茶を飲んだらやっと胸につかえていたものが流れ落ち、車酔い寸前のモヤモヤした気分から解放された。妻もホッとしたようで、隣に座った男性との会話を楽しんでいた。その方は5月の信州への旅以来、顔見知りとなって気心も知れた仲だった。息子さんが奈良市にいて、本紙の読者とかで「私よりも早く息子の方が大曲のニュースを知って、電話で教えてくれますよ」と笑っていた。
仙台へバスで来たのは初めてだった。杜の都と言われる仙台はさすが大都会だった。あちこちにマンションが建ち、青葉通りの賑わいはまさに大都会そのものだった。バスは三越仙台店の前に停まり、「ここで買い物を楽しんで下さい。ただし、他のお客さんに迷惑をかけないために少しは商品を残してきて下さい」という冗談を交えた案内もあって、車内に笑いの渦が広がった。
三越。洗練された店内は大勢の買い物客で賑わっていた。1階は女性物中心に世界のブランドコーナーが並んでいた。ティファニーやコーチ、シャネル、ルイ・ヴィトンなどラスベガスやニューヨークを旅した時に立ち寄った懐かしい店の名前があった。それほど大きなスペースではないが、そうしたブランド品を飾った店内を歩くと気持ちも昂り、楽しい。妻には「せっかくだから、欲しいものがあったら買ったら」と買い物を勧め、自分は店内の見学を楽しんだ。お洒落で活気に満ちたデパートを一人で歩き、センスあふれる都会の空気を吸えただけでも楽しかった。
買い物を終えた後は近くの和食料理店でのお昼だった。今回は「ソバ」を食べる旅ではなく、和食料理を楽しむという趣向だった。「花はん」というその店での昼食はビールも出、お酒も出た。家を出る時、妻には「多分、仙台ではお酒も出ると思うから、帰りは運転を頼むよ」と妻の車で出た。それだけに何の心配もなく、その料理店ではビールで乾杯し、日本酒も楽しんだ。余り深酔いしない程度だったが・・・。
今回も参加者全員のスナップ写真の撮影を頼まれ、食事を楽しむ笑顔の人たちを3人から4人ずつ組んでは写真に収めた。みんな60代から70代の方だったが、カメラを向けると少年や少女に戻ったような無邪気な笑顔だった。「旅」を楽しんでいるのだ。和室のその部屋に飾られた日本画が素敵だった。萩と満月、それにススキを素材にまとめた秋の絵だった。和室に本当に良く似合う絵だと思った。
食後は野草園の見学だった。いつかは来てみたいと思っていた場所だった。戦後の混乱期に荒廃した緑を復活させたいと1951年(昭和26年)、造成に着手し、1954年に開園したという。広大な園内は緑があふれていた。足元にある草花の名札を見るとヤマシャクヤク、オミナエシ、モミジガサ、ナンブアザミ、野地菊、一人静、二人静などの名があった。秋であり、花の季節は終わり、それらの草花はただ緑の葉っぱを小雨の下で光り輝かせているだけだった。
ハギのトンネルを抜けると芝生広場となり、ミヤギノハギが盛りだった。一面の紅紫の花が咲き、訪れたソバの仲間たちは歓声を挙げた。そこで全員そろった記念写真を撮ることになった。24人全員がハギを背景にいい顔で並んだ。マイクロバスの運転手さんにカメラを渡し、シャッターを押してもらった。モニターで確認した。自分を除くとみんな笑顔だった。どうもカメラを前に笑顔を見せるのは苦手だ。照れ臭いのである。
楽しみにしていた仙台へのバスの旅はそれで終わった。バスで約3時間。今度は新幹線でもう一度、仙台の街並みを歩いてみたいと思った。