朝の空気は涼しさを通り越して寒くなった。「暑さ、寒さも彼岸まで」と昔から言われていたが、確かに彼岸明けの26日からは日中もワイシャツ一枚では心もとない季節となり、外出にはスーツを手放せなくなった。夕方、近くの川港親水公園を歩くと、桜の葉がもう散り始めている。葉っぱとしての寿命を終え、サラサラと風に吹き飛ばされているその姿を目にするとものの哀れさを感じる。夕暮れも一段と早まり、5時を過ぎるともう夜の闇が占めている。
秋は「朝焼け」、「夕焼け」が美しい。今年の秋は晴れ間が多く、朝明け、夕焼けを楽しんでいる。しかし、今朝は小雨だった。ポツリ、ポツリと一呼吸置いては休むように雨が降っていた。本降りの雨なら散歩も休むのだが、「これぐらいの雨なら歩こうよ」と妻は傘を手に家を出た。小犬のパピーのための雨ガッパもあるが、小雨なのでそのまま外に出た。
横手川の橋を渡ると、東山は鉛色の空の下で墨絵のようなたたずまいを見せていた。雲が山の中腹を流れ、重厚な屏風絵のような趣をなしていた。東山は雨の中でも美しく、大きな存在感を見せる。
「あなた。パピーにも雨があたらないよう紐を短くして、体が傘の下に入るようにしてよ」と妻の声がした。難しい、困った注文だなと思ったが、妻は真剣である。「パピーだって濡れるの嫌なのよ」と犬の立場になって追い打ちをかける。仕方なく紐を引き寄せ、出来るだけ自分の足元近くを歩くようにさせた。それでも雨はポツリ、ポツリとパピーの体を打っていた。その雨を払いのけようとしているのか時々、止まってはブルルッと身震いさせた。黄金色に染まった稲が雨に濡れ、重そうに穂首を垂れていた。稲刈りも進み、半分以上は稲株だけを残した田んぼになっている。
フランスの詩人・ボードレールに「わたしは雲を愛する……あの流れゆく雲を……向こうの……向こうの あの すばらしい雲を!」(村上菊一郎訳)と訴えた「エトランジェ(異邦人)」という詩がある。
高校のころからだったが心疲れた時、詩人の言葉を目にするといやされた。詩の世界にひたりたくて詩集を買い求め、ページを開いた。詩人によって選び抜かれた言葉。凝縮された言葉の美。そのリズム感にひたっているだけで心満たされ、詩人に憧れ、詩に心の救いを求めた。
妻・智恵子の死を見送る高村光太郎の「そんなにもあなたはレモンを待っていた 悲しく白くあかるい死の床で わたしの手からとった一つのレモンをあなたのきれいな歯ががりりと噛んだ トパアズいろの香気が立つ その数滴の天のものなるレモンの汁は ぱっとあなたの意識を正常にした(中略)智恵子はもとの智恵子となり」と書いた「レモン哀歌」は大好きだった。
外国の詩人の作品も良く目にしたが、ボードレールの詩は難解で、余り好きになれなかった。ただ、エトランジェ(異邦人)という詩だけは雲をテーマにしたもので何となく印象に残った。
──君は誰を一番愛するのか?謎の人よ 聞かせてくれ 君の父か 君の母か、それと も姉妹か兄弟か?
──わたしには父も母もない 姉妹も兄弟もない
──では君の友達か?
──あなたのおっしゃるその言葉は 今日の日までわたしには意味がわかっていない
──では君の生まれた国か?
──いかなる緯度にそれが位置しているのやら私は知らない
──では美人か?
──女神であり不死の女であるならば わたしは進んで愛しもしようが
──では金銭か?
──わたしはそれを憎む あなたが神を憎むと同じように
──さてもさても!君はいったい何を愛するのか?世にも変わったエトランジェ(異邦人)よ
質問した人も最後はあきれ返ったように「さてもさても!君はいったい何を愛するのか?」と投げ出した。その結果、返ってきた答えが「わたしは雲を愛する」だった。この見事な結末に正直、驚きを感じた。詩という短い言葉の中に描かれた起承転結のドラマだった。
雲。小学生のころ、いつも帰りは雲を友に帰った。グループ活動は幼いころから苦手だった。人嫌いなわけではない。グループの中に紛れ込んで一緒に楽しむ術を身につけれなかっただけである。だから、帰りはいつも一人だった。一人でも流れる雲を見つめ、笹舟を田んぼの用水に流し、それを追って帰るだけでも楽しかった。
ランドセルを脱ぎ、再び横手川に戻って堤防を歩くと遠くに緑の東山が広がり、大きな青空には白い雲が浮かんでいた。その雲を眺めているだけで夢があった。ジャックと豆の木のように雲の上にはお城があるのだと想像し、いつか孫悟空のように雲に乗って旅をしたいと夢を追った。
八木重吉さんの「白い雲」の詩がある。
秋の いちじるしさは
空の 碧(みどり)をつんざいて 横にながれた白い雲だ
なにを かたっているのか
それはわからないが、
りんりんと かなしい しづかな雲だ
間もなく10月だ。秋の雲を楽しもう。