こちら編集室「立冬のカタツムリ」(11月10日)

  「あっ。月が……」。横手市の秋田ふるさと村での「菊祭り」の見学を終えて車に乗ったら助手席の妻が、少し興奮気味で叫んだ。まだ夕暮れ前だったが、東山の上空に淡いオレンジ色をした満月が昇っていて、それに感動したようだ。「おっ。本当だ。満月だ。これはいい」と自分もその空を見上げた。満月は東山の上空に床の間の絵のようにすとんと修まっていた。薄紫色に染まった夕方の空にオレンジ色に輝き、何と言うか、母の膝のような安心感を与える美しさだった。同時に「これで今年も月の見納めかもしれない」という少し寂しさも去来した。

  見納めという気持ちになったのは季節が〃霜月〃の11月に入ったからである。幸い菊祭りの見学に行った5日の日曜日は快晴だったが、秋田はこれから青空が見られる日は少なくなる一方だ。それだけに5日夕、東山から昇った満月を床の間に飾った絵のように楽しめたのは幸いだったし、最後の月見かもしれないと思った。

  案の定、天候は翌日から崩れ、立冬の7日は朝から雨模様となり、夕方にはあられも降った。その立冬の朝、一つの小さな生命を救った。その日の朝は雨だったので、妻は「今日は歩くのは無理ね」と散歩を休んだ。しかし、小犬のパピーだけは朝の散歩を楽しみにしている。自分たちが起きると同時にパピーも寝床から小さな体を出し、ケージの中で後ろ脚だけで立って目を爛々と輝かせ、「散歩に連れて行ってもらえるんだ」と嬉しそうに吠え出す。「じゃあ、パピーだけを連れて行ってくるよ」と家を出た。

  外に出ると雨は小降りになっていた。県道を回って裏小路に入り、神社から再び県道に出て横手川の堤防を歩いたら、目の前に赤ちゃんの手ほどの小さなカタツムリが、ユックリユックリと移動していた。冬を前にけなげにも生き、新しい住かを求めて移動しようとしている小さな生命がとても愛しかった。同時にそのままにして置いたら車か、人に踏みつぶされると思った。

  鮮やかな渦巻き模様の入った殻を持ち上げたら、角を出していたカタツムリは驚いたように身を縮めたが、雨で濡れている草むらにソッとその体を隠させ、「冬を越す住かにしてくれ」と祈った。

  小犬のパピーを連れて公園を歩きながら、あの小さな生命は無事、冬を越せるだろうかと思った。カタツムリは子どものころ、自分にとってはオモチャでもあった。草むらを潜って歩くと、あちこちに見事な渦巻き模様をしたカタツムリが隠れていて、それを手にしては家に持ち帰り、箱の中に葉っぱを敷いて飼育した。こちらは飼育だったが、捕らえられたカタツムリにとっては迷惑だったろう。一夜明けるとカタツムリはどのようにして逃避したのか、姿が見えなかった。だが、ひとときだけでもカタツムリと同じ時間を過ごせたことに満足したものだった。

  立冬の7日朝、カタツムリを目の前にした時、何とか救いたいと強く思ったのはなぜだったろう。カタツムリと人間の生命とを比べるのは人権への冒涜かもしれないが、10月23日夕方、家を出たまま農業用水路から発見され、搬送先の病院で死亡した大曲住吉町の進藤諒介ちゃんを思い浮かべた。

  このごろこうした幼い子どもの生命が奪われる事件や事故が余りにも多過ぎる。そして学校現場ではいじめによる自殺だ。しかし、諒介ちゃんの不審死を巡っての警察の捜査はその後も進展はあまりないようだ。この4歳の子の死を巡ってはテレビ、新聞、そして週刊誌までもが藤里町での児童連続殺害事件同様に注目し、多くの取材陣を現場と警察に配置した。こちらはそれに付きっ切りで取材を続けるわけには行かず、他の取材にも追われているが、気持ちの片隅ではいつもその不審死が離れない。

  夕方になってなぜ、外灯もないあんな暗い道を一人で歩いたのか。飼っていた2頭の犬のうち、可愛がっていた小犬が居なくなったため、その小犬を思い出していつもの散歩コースを探しに出たのではないかという情報もあった。しかし、自宅から少し離れるともう真っ暗になる農道である。幼い子どもが闇を恐れずに一人で歩くだろうか。そして窒息死という死因も分からない。多くの疑問を残したままだ。

  こちら編集室はこうした多忙さやバタバタした日々もあって休んだ。許されたい。初冬を迎えた朝、堤防をユックリユックリ移動している小さな生命に愛しいものを感じた。4歳の男の子も元気だったらカタツムリやかぶと虫、トンボを追っていたことだろう。あの世で幸せになってほしい。冥福を祈りたい。