やはり冬である。今週に入ってから朝の散歩は、吹雪に見舞われている。自宅を出て、横手川の橋を渡ると周囲には中学校の建物があるだけで、風をさえぎるものは何もなく、吹きさらしとなる。北風がビュービューと田んぼの上を走り抜け、粉雪を蹴散らす。遠くの街灯が夜明け前の黒いベールを画布にして、横殴りに激しく飛ぶ白い粉雪を映し出している。
その風景に「向こうはすごい吹雪だ。無理しないで戻ろうか」と恐れたが、「いいの。北風小僧の寒太郎じゃない。頑張ろうよ」と妻は張り切る。そして吹雪に向かって「北風小僧の寒太郎……」と口ずさんだが、その後の歌詞が分からず「あなた。寒太郎の後は何だっけ」と聞く。こちらだって覚えてない。記憶に残っているのは「寒うござんす ヒュルルルルルン」だけだ。
結局、妻と二人、「北風小僧の寒太郎。ラララァーラララララァー。ヒューン・ヒューン、ヒュルルンルンルン 寒うござんす ヒュルルルルン」と歌詞の中身を飛ばしながら歌い歩いた。防寒着を着た小犬のパピーが自分たちの横を夢中になって着いてくる。夜明け前の闇に二人の調子外れの歌が流れ、強い北風がその声をかき消した。
その吹雪の朝となった10日は柴犬のアキが亡くなった日だった。もうすっかり忘れていたのだが、妻から昼近くになって携帯にメールで「あなた。今日はアキの命日よ」と知らせがあった。記者室で原稿を打っている最中のメールだったが、「そうだった。アキは3年前の今朝、とても寒い日に亡くなったんだ」と思い出した。
15年も自分たちと生活を共にし、いろんな思い出を残してくれた柴犬だった。そのアキの姿が、妻からのメールで浮かび上がった。思い出したアキは山を駆け抜けていた。そうだった。アキは山に入ると我が道を見つけたとばかりに喜び、走ったものだった。「アキ。天国で元気にしているか」と心の中で呼びかけたら、ポロポロと涙がこぼれた。そして亡くなっても心にとどめておいて、その命日をメールで教えてくれた妻の気持ちが嬉しかった。
それにしても吹雪の中、まだ暗い道を「北風小僧の寒太郎」と歌い、小犬を道連れに空元気を出して歩く自分たちの姿を想像してみるとおかしい。北風は頭に被ったフードの隙間から、背中に抜け、体を冷や冷やさせる。「寒いよこのコートでは」と嘆いた。
体が寒さに耐えられるのも年と共に違ってくるようで、数年前まで温かいと思って着ていたコートも今年は寒さを感じるようになる。このため、冬を迎えてから妻は、休日に横手市にドライブに行っては自分のコートを探してくれるが、気に入ったデザインで、欲しいと思わせるものはまだ見つからない。スポーツ店に入るとスキーウエアやスノーボード用、それに登山用の防寒着もあるが、どうも格好が良過ぎて仰々しい。
そうした中、あるスポーツ店で外国製のとても温かそうなものを見つけた。値段を見るとやはりいいものは高い。欲しいと思ったが、妻もその値段を見て「ちょっとねー」とためらう。そうした中、9日朝と10日の朝、吹雪に見舞われた。北風がビュー、ビューと吹き付け、フードの隙間から風が背中に抜ける。「寒い。寒い」とぼやきながら、再び妻と「北風小僧の寒太郎。ラララァーラララララァー」と歌いながら歩いた。
しばらくその寒さに耐えていたら、妻が「あなた。あのコート、買ってあげようか」とささやいた。嬉しかったが、「もう少し様子を見よう。もう一度、ジックリと品定めし、本当に必要なものかどうか、考えてみるよ」と応えた。それよりも北風小僧の寒太郎の歌詞を覚えたいと思った。
この歌がNHK「みんなのうた」で流れたのはいつのころだったろうか。夕方、食事しながらこの歌が流れると飲んでいたビールのコップもテーブルに置き、耳を傾けていたものだった。明るくて元気な歌声、それに三度笠姿のアニメが可愛かった。どこかおおらかで、寒い冬の辛さも忘れさせた。図書館の本を調べたがその歌詞を見つけることはできなかった。職員の人たちは結局、インターネットに接続し、「アッ。伊藤さん。あった。ありました」と喜んだ。図書館の人たちのこうした親切さにはいつも感謝している。
北風小僧の寒太郎は井出隆夫さんの作詞、福田和禾子さんの作曲で、「北風小僧の寒太郎
今年も町までやってきた ヒューン・ヒューン ヒュルルンルンルン
冬でござんすヒュルルルルルン」だった。「寒うござんす」は2番の歌詞にあった。今度、また北風が吹いたら最後まで歌って歩こう。