朝の散歩は続いている。着替えを済ませ、午前5時半前後には自宅を出るのだが、この時間帯はまだ真っ暗だ。横手川の橋を渡り、幼いころ通った藤木小学校からさらに東に足を伸ばすと一面の雪の平地となり、東山の麓に開けた美郷町の街並みの明りが地上の星のように輝いて見える。
歩きながら思った。小犬のパピーと自分たち2人の小さな家族が、こうして毎朝散歩できるだけでも幸せではないかと。このごろの世の中には余りに不幸が多い。歯科医という恵まれた家庭に生まれながらも兄が妹を殺す。モデルのような夫婦とうらやましがられた妻が、その夫を殺害する。一方では親が子を殺し、子が親を殺すという事件もある。こうした事件を目にすると小犬のパピーと自分たち2人だけの小さな家族だが、心が通じ合え幸せだなと思う。
感謝すべきだと思いながら、東に向かって歩いた。東山が闇の中に横たわっている。昨年の今ごろは雪に泣かされ、毎朝、毎朝、雪寄せ作業に追われ、散歩どころでなかった。雪寄せ、雪運びの作業に疲労困憊し、右足の膝を痛め、お医者さんの治療も受けた。雪国に生れた不運を嘆いたものだったが、今年は打って変わって暖冬となった。それでもまだ厳冬期である。早朝は時々、吹雪となって闇の中を雪が飛び、雪が走る。
「北風に吹かれて」と題して防寒コートのことを話題にしたのは先々週だった。吹雪の朝の散歩となり、その寒さに震えた。フードの隙間から冷たい北風が背中へと突き抜け、体をヒューヒュー冷やした。年齢と共に寒さに耐える力も劣ってきたのを実感した。
「寒い。寒い」と吹雪の中、NHK「みんなの歌」で昔流れた「北風小僧の寒太郎」を口ずさんで歩いた。気の毒に思った妻が、「あなた。やっぱりあのコートを買ってあげようか」と言ってくれたその翌日、二人でもう一度、そのコートを置いてあったスポーツ店を訪ねた。
「ザ・ノース・フェース」。今度はシッカリと着用してみた。ズシリとした重さだが、自分の姿を鏡に写したら似合っていると思った。まるで南極大陸の探検隊の一員になったような自分の姿が鏡の中にあった。ダウン80%。着用したら体がポカポカする。男性店員も「登山用品を作っているメーカーですから、縫い方もシッカリし、防寒性能も完璧です」と自信を持って勧めた。その店員の勧めを受けて妻は「やっぱり買っちゃおう。あなた大丈夫よ。アタシが払うから買っちゃおう」と、ためらいがちな自分を脇に話をトントンと進める。こうなると妻の方が勇気がある。
「買っちゃおう」。妻の声がとてもたくましく聞こえた。「本当にいいのか?」ともう一度聞くと、「これならきっと、寒さ知らずに歩ける。だから買ってあげるの」と店員とカードでの買い物の手続きを始めた。もう一人の店員はそのコートを包もうとしたが、嬉しくなった自分は「そのまま着ますから」と付いている値札などを切り取ってもらった。
胸の左に縫い込まれた「THA NORTH FACE」の白い文字がまぶしかった。外に出たら雪だった。その雪さえ嬉しくなった。雪の中をフードを被り歩いた。近くの電器店にも入って商品の見学も楽しんだ。しばらくして戻ったら、妻はそのスポーツ店でまだ、カードでの支払い手続き中だった。「どうだった。そのコート」と尋ねる。「いや。すごい。全然、寒さを感じさせない」と答えると「そう。良かった」と妻も喜んだ。
それ以来、朝夕、小犬を連れての雪道の散歩が楽しくなった。買い求めて10日以上経った。その間、朝の散歩で2回、やや弱い吹雪に遭った。夕方の散歩には深々と降る湿った雪にも遭った。霧が降り、凍えるような朝もあった。吹雪が吹く寒い朝も、霧が流れ、樹木に氷の花が咲いた朝も、そして湿りけタップリの雪が降った夜も、コートを着てると寒さも冷たさも、湿っぽさ感じなかった。雪がこんなに楽しく、冬がこんなに温かく感じたことはなかった。温かいコートは心まで温める。