こちら編集室「春はあけぼの」(2月9日)

  暖冬のせいか4日の「立春」を過ぎてから本当に春めいてきたと思う。それに日中の明るい時間も日増しに長くなった。朝、目覚めた時はまだ真っ暗だが、小犬のパピーを連れて横手川の橋を渡り、大曲南中学校の前を通り掛かるころになると東山が濃い紫色に染まって横たわっているのが見え、山際の空も赤紫に染まる。あけぼのの色となる。

  「春はあけぼの。ようようしろくなりゆく山ぎは、すこしあかりて、紫だちたる雲のほそくたなびきたる」と「枕草子」に書いたのは清少納言だった。高校時代の「古典」の時間にこの美しい随筆に出会い、教師が流れるように朗読した声とその解説に感動したことを覚えている。

  春はあけぼのが美しいと国語の先生は解説し、「秋は夕暮れ。夕日花やかにさいて山ぎはいと近くになりたるに、烏(からす)のねどころへ行くとて、三つ四つ二つなどのつらねたるが、いと小さく見ゆる」を読み、「清少納言の表現の見事さは、このカラスの数の数え方にも隠されているんだ。カラスの数を一つ、二つ、三つと順番しないところだ。こうすることでカラスの飛ぶ様が立体的に浮かんでくる。この人の文章の巧みさはここにあるんだ」と先生は強調した。

  まだ2月だが、雪が少ないため、春の訪れが本当に早いと感じる。ただ、未明の空気の冷たさは真冬のものだ。しかし、寒くてもこのごろの朝の散歩は楽しい。それはやはり防寒コートの性能の良さがあるからだろう。どんなに冷え込む朝でも寒さは感じさせない。その後、フードが顔にかぶさらないよう「つば付き」の帽子を買い求めるため、同じスポーツ店を尋ねた。男性店員は自分のコート姿を見て、「いかがですか。着心地は」と笑顔で迎えた。「ウン。本当に寒さを感じさせない。ただ、重いのには閉口するけど、防寒性能の高さには感動するし、買って良かったと思ってます」と答えたら、「そうですか。このコートは南極の寒さにも、オーロラ見学でアラスカに行っても充分、耐えられると言われてます」と自慢した。

  朝の散歩時、まだ空は時々、荒れる。ヒュー、ヒューと吹雪が道路を走る。「あなた。寒くない」。隣を歩く妻はその都度、気遣いの声をかけるが、「ウン。全然、寒さを感じさせない」と自分の声も弾む。

  妻は嬉しそうに先だってまでの「北風小僧の寒太郎」に代わって今度は、「北風吹き抜く  寒い朝も  心ひとつで  暖かくなる」と、俳優の吉永小百合さんが歌った「寒い朝」を歌った。冷たい風にその声はかき消されたが、「心ひとつで暖かくなる」の歌詞が気に入っているようで、それを何度か繰り返しては横目で自分を見た。妻がこうして歌を歌う時は上機嫌の証拠だ。

  紫色だった東山は清少納言の言うように「やうやうしろくなりゆく山ぎわ(だんだん白んでゆく山ぎわ)」となり、空が少しずつ明るくなった。いつもの折り返し地点で歩く向きを変えた。西の空には半月が輝いていた。美しいと思った。その月を眺め、思い出したのは今年の新人音楽祭での審査員の言葉だった。審査員を代表して声楽家の松本美和子さんは「若い人たちの演奏するこのごろの技術はとっても発達しているけど、このごろ感じるのは聴いていても皆さんは音を出すだけで心が伝わって来ないのよ。何と言うか無味乾燥な演奏だと思うようになった」と指摘した。

  松本さんはその原因を「パソコンの普及で、世の中が余りにも便利に成り過ぎたせいかもしれない。何かあるとみんなパソコンを使ってメールを書いたり、文章を書いてる。私たちが手紙を出す時は今だって手書きの文字。私、パソコンってこの世から無くなればいいと本当に思うのよ」とも述べた。

  その上で「音楽は国境を超えて、心に感動を与えるもの。そのためにもドイツ文学やフランス文学、ロシア文学など多くの本を読み、絵や映画もたくさん観て、音楽のテクニックを磨くだけでなく、心に栄養をつけてほしい」という注文だった。

  「心に栄養をつけてほしい」と締めくくった松本さんの言葉は印象的だった。自分もいつも大事にしたいと思っているのは〃感動〃や〃おどろき〃の心だ。そして〃不思議〃に思うという心だ。映画を観ても、絵画を観ても、風景を観ても、そしていい文章と出会っても〃感動〃や〃驚き〃がなかったら心は無味乾燥だ。味気ない。

  清少納言は手紙の素晴らしさを語っている。「めづらしと言ふべき事にあらねど、文こそなほ」と。「珍しいと言うべき事ではないけれど、手紙こそやはりすばらしい物ではある」と感動する。「はるか遠い国にいる人が、たいへん、気がかりで安否はどうだろうと思うのに、手紙を見ると、現在さし向かっているように感じられるのは、すばらしい事であることよ」と手紙の大切さを書き、「手紙が仮にないのだったら、どんなに気が結ぼおれて、心が暗くふさがるような気持ちがすることだろうに」と。

  感動する心、ビックリする心、不思議に思う素朴な心、そして感激するという心の温もりをいつまでも大切にしたい。