こちら編集室「あの、あれ、あれ」(2月16日)

  夜明け前の空には鋭い鎌のような「三日月」が輝いていた。三日月は星たちと向き合いながらもどこか淋しげな美しさだった。「竹取物語」が生れた遠い昔の時代なら夜空に浮かぶ月を眺めて、その孤高とした姿に憧れ、神として畏敬し、さまざまな願いを託して祈ったことだろう。しかし、アポロ宇宙船が月に飛び、テレビに写し出された月の表面のデコボコで無機質な世界を見て以来、月に寄せるロマンは薄くなった。それでも夜明け前、煌々と輝く月を見ると「かぐや姫」のような甘い夢や童謡「月の砂漠」のようなロマンにひたりたくなる。月を見上げながら早朝の散歩を楽しんだ。真っ暗だった空も6時を過ぎると白々と明けてくる。

  先日、妻と本当に久し振りに外での夕食を楽しんだ。都市計画道路「飯田線」が開通して以来、通勤路には大型店がオープンしたり、ガソリンスタンド、そして一杯飲み屋も開業するなど日々、変化している。その飲み屋さんで一杯やってみたかった。

  しかし、これも年のせいと思うが、最近は言葉や名前が出て来ない。毎日、その店の前を通るたびに「れんたろう」という名前は目にしているのだが、「今日はオレがお金を出すから、あすこの、あれ何と言ったっけ、あの薬屋の、エエッ、ほら、スーパーの向かいにある大きな薬屋の前にある飲み屋に行きたいから付き合ってよ」と「あの」「あれ」のオンパレードとなった。

  さすがに妻も「あの、あれって言われたってどこなのか分からないのよ。名前を言ってよ」と口をとがめた。「あのスーパーは」「マックスバリュー」であり、「あの薬屋」は「薬王堂」だ。そして飲み屋さんはその薬王堂の向かいの建物の中にオープンした。

  構えの小さな店だが、その小ささが魅力で入ってみたかった。昼食の誘いならいつでも喜んで応じる妻だが、飲み屋さんへ誘うと「あなたはいつも二次会だと歩きたがるから」と渋りがちだ。それに自分で料理を作るのが好きなこともあって、夜の外食を誘うと「あなた。アタシの作る料理を食べたくないの?」と突っ込んでくる。だからわが家では夕食を外で過ごすということはほとんどない。

  とにかくその日は珍しく飲み屋さんへの誘いに応じた。しかし、「アタシはお酒も飲めないし、ご飯はあるのかな」と心配した。確かに小さな飲み屋さんであり、ご飯を出せるかは分からない。こちらはただ雰囲気の違った場で飲めるのを楽しみたいだけなので「なら、ホテルのレストランにするか」と場所を変えることも提案したが、「いい。アタシもあの店なら行ってみたい」とその薬王堂前の飲み屋さんに行くことにした。

  帰りのこともあり、妻の車で出かけた。「れんたろう」はカウンターに4〜5人が座れるだけで、6畳ほどのお座敷は若い男女の客でいっぱいだった。「カウンターしかありませんが」と鉢巻きにはんてん姿の生きのいいご主人は迎えた。こちらは座敷に座るよりカウンターの方が助かる。「ええ。カウンターでいいんです」と二人で応え、まず生ビールを注文した。

  それがうまかった。そしてメニューを手に注文する料理を考えたが、こうした場で食べるのに不慣れな自分はそれこそ何を注文したらいいのか分からない。結局、妻と相談しながらモツの煮込みやキムチ鍋などを注文し、妻はご飯とみそ汁も頼んだ。それにしてもこうした飲み屋さんで飲む生ビールは格別だ。ジョッキ一杯空けても、直ぐまた飲みたくなる。「もう一杯」「もう一杯」と結局、生ビールを3杯空けた。

  注文した料理もおいしい。妻もその味を喜び、楽しんでいた。メニューには「刈穂」の冷酒もあった。その「刈穂」を目にしながら今月3日に大仙市を訪れた安倍晋三首相を話題にした。「安倍さん、この前、『刈穂』に寄ったけど、あの人、お酒は飲めないんだって。でも奥さんはお酒が好きで、刈穂の蔵で『うちのカミさんだったらこの香り、たまらないだろうな』って喜んだそうだよ」と報告した。

  今度はその首相の奥さまの名前が思い出せず、脳の中の思考力が迷路に入ったようにグルグル回った。「安倍さんの奥さんの名前はあれだよ、あの、あれだったよ」とろれつが回らない。「あ・き・えさん。昭和の『昭』に『恵』と書くの!」と妻は隣であきれたように笑う。「ああ。そうだっけ」と自分の記憶力の衰えを認めるしかない。

  「刈穂」の冷や酒を飲みたくなった。「刈穂を下さい」「ヘェッ」。ご主人の生きのいい返事が小気味よい。「あなた。おいしい」「ウン。うまい」。お酒は良く冷えていた。辛口の味わいが何とも言えない。こうしてカウンターに座って久し振りに妻と飲んだ酒の思い出を大事にしたいと思った。その妻の心の隅にはパピーが引っかかっているのだろう。「パピー。待ってるだろうな」とポツリという声に「そうだ。帰ろうか」と腰を上げた。帰りは妻にハンドルを任せた。冬とは思えぬ温かい夜だった。