こちら編集室「行く冬」(4月6日)

  暖冬だったとは言え、山にはまだ雪がある。その雪の肌をなめて送られてくる風の冷たさもあってだろう。冬の名残を引きずって、まだ寒暖の差が激しい。暖かかったり、寒かったりの繰り返しで体の保温機能もバランスを崩したのか、先週の日曜日の朝、大仙市内小友の自然観察公園完成を祝う記念植樹の取材に出かけて寒風の下に立っていたら、寒けに襲われた。出かける時から冷たく、雨空でもあり、厚い冬用のコートを用意しておけばよかったのに油断してしまった。薄手の雨合羽で寒さをしのいだ。

  その足で帰宅し、原稿を仕上げていたら暖房が入っていても背中が寒さでゾクゾクしてきた。昼前だった。この寒けは「ただごとでない」と思った。置き薬で対処するより医師の診察を受けようと、日曜日も診察をしてくれる救急医療センターに駆けつけた。

  診察の結果、「インフルエンザかどうかは今日は診断できないが、とにかく熱冷ましの頓服とカゼ薬を出しますから、安静にして休んで下さい」と医師に言われ帰宅した。

  自宅を出る時、「アタシが連れて行く」と行った妻だが中々、出て来ない。帰りは運転を代わってもらおうと妻の車のエンジンをかけて外で待っていたが、イライラするほど出て来ない。やっと玄関の戸を開けた時、妻が手にしていたのはこの冬に散歩用にと買い求めた自分の防寒コートだった。

  自分でも重いと思うほど閉口気味なコートを、少しでも寒さしのぎになればと懸命にハンガーから下ろし、引きずるように運んできた。その妻のけなげな姿を目にすると、言葉を失った。何も言えず、車を走らせた。「あなた。気をつけて運転してね」。妻の声が空ろに響いた。

  救急医療センターに着いた時、「あなた。このコートを着たら」と言われたが、「いいよ。中は暖房が入っているだろうし」とやせ我慢を張ってそのまま中に入った。しかし、妻の心配は的中した。暖房は入ってたかもしれないが、カゼを引いた体には待合室の気温は寒過ぎるほどだった。

  「あなた。寒くない」「寒い」「だから言ったじゃない。コートを着なさいッテ」「ウン。ゴメン。車から持ってきてくれるか」と小さな声で頼んだ。そのコートを手に戻ってきた姿を見ると、コートに引きずられているようにしか見えない。懸命にコートを持ち上げ、頬を赤く染めて歩いてきた。「ありがとう」。心から礼を述べ、待合室で羽織った。

  看護師が近寄り、熱を計った。37.5分だった。診察を受け「3日分の薬を出しますから、安静にしておくように。具合が悪かったら、薬の処方箋を持ってかかりつけのお医者さんに相談して下さい」と言われ、帰宅した。少しでも体を温めたらいいと妻は帰るそうそう鍋焼きうどんを調理した。うどんを食べ、そのままベッドに寝込んだ。

  寒けが襲ってきた。ゾクゾクと寒さが体中を駆け抜ける。「寒い。寒い」。悲鳴を挙げながら布団を重ね着し、その下で体を丸くして寒さをしのいだ。骨の節々が今度は痛み出す。寝返りを繰り返しては唸り、「ウウー。痛い!」と悲鳴を挙げた。そしていつの間にか眠っていた。

  夕方だった。「あなた。どうする。ご飯を食べる」。その声に「ああ。大分、楽になったようだ」と起きた。しかし、下着が汗でグショグショだった。温風ヒーターの前で下着を着替えた。小犬のパピーが心配そうな顔で寄り添った。犬も家族が病気になると分かるのだろう。普段は「散歩に行こうよ」とワンワン騒ぐパピーだが、その日の夕方は黙って自分の側に寄り添った。

  寝間着にガウンを羽織ってテーブルに着いたが、熱があるせいか喉が渇く。カゼを引いて寝込んだ日ぐらい、酒は慎むべきだろうが喉の渇きが冷たいビールを求める。「今夜は酒を飲むの休んだら」とビール瓶を手にした自分を見て妻はあきれた様な口調だったが、「喉が渇いてしょうがないんだ」とビールをあおった。うまい。昨日よりも、一昨日よりもビールの冷たさがのどごしを潤し、うまかった。しかし、その祟りが半時間もしないうちにやって来た。ビールで体を冷やしたら再び寒けが襲ってきた。

  こうした時、酒飲みは悲しいし、いやらしい。寒くなったら今度は熱燗で対処療法だと日本酒に切り替えた。結局、チビリチビリといつものペースで飲み続けた。そしてトイレに行っては「寒い。寒い」と悲鳴を挙げ、寝込んだ。

  翌朝までグッスリ8時間は眠ったが、寒けは取れない。起き出す気力さえなかった。結局、選挙戦を取材することはあきらめ会社に休暇連絡を入れた。そして再び1日眠り、翌朝になってやっと寒さも体からいくぶん抜けて、体力も戻っていることに気づいた。「あなた。どう?」。心配する妻の声に目覚め、「うん。今朝は大分いいみたい。歩けるよ」とベッドから出た。眠っている間に再び汗をかいたのだろう。シャツはグシャグシャに濡れ、気持ち悪いほどだった。それを着替え、そしてセーターをはおり、防寒コートを着用して2人と一匹のいつもの散歩を始めた。

  夜明けの東山が水色に染まっていた。たった1日しか経っていない東山だが、水色の深みが濃くなっているような気がした。南の空から「クォー、クォー」と甲高い声が群れて聞こえた。見上げたらハクチョウが、長いV字型を作って北の空を目指して飛んでいた。「ああ。ハクチョウ。北へ帰るんだ」。「あの一番、端っこを飛んでいるのが子供の鳥だよね」。カゼから立ち上がった火曜日の朝、空を見上げて白鳥たちを見送った。春の朝の幻想的な眺めだった。「こう言う時に限ってカメラ、忘れるんだ」「あなたっていつもそうね」。二人で空を見上げ、行く冬を見送った。