ノンビリと時が過ぎていく─。このごろは時間に追われるのではなく、過ぎ行く時と静かに向き合い、その流れを楽しめるようになった。長年勤めた小さな新聞社を4月の県議選を終えたのを機に退職し、もう7月に入った。記念というわけではなかったが、5月には妻と共にドイツ・チェコの旅を楽しむ機会に恵まれた。そして6月には同級生たちと還暦を祝う集いがあって、岩手県鶯宿温泉の「森の風」に一泊した。さらに24、25の両日は前からの約束でもあった「いい旅さがそう暖(なん)の会」(安田勘二郎会長)の一員として夫婦で鎌倉の旅を楽しんだ。
退職する前は生活費や「毎日が日曜日」という有り余る時間をどうやり過ごすのかと一抹の不安もあったが、おかしなもので、毎日の小遣いは仕事をしている時と違って遣うことも少なくなり、時間は「秋田県南日々新聞」のおかげで取材もあり、自宅で原稿を書いているといつの間にか夕方を迎えている。
退職したら目覚めの時間もノンビリしたいと午前6時過ぎにしようと思ったが、夏に向かって暑くなる盛りにその時間帯からの散歩では汗をかくばかりだと、やはり午前5時にはベッドから出て、朝の散歩を楽しんでいる。
楽しいのはその散歩を終えてからの自由な時間だ。朝食も急がなくて良いし、新聞にユックリと目を通し、濡れ縁から吹いてくる朝の風に身をゆだねられる。散歩を終えた小犬のパピーは、開け放った居間のドアの前にこま犬のように腰を下ろし、表を通り過ぎる車の流れを目で追い、郵便配達など誰か客があると吠えて知らせる。まさに番犬だ。
妻は朝食を終えると洗濯物を片づけたり、庭に出て草取りなどにいそしみ、時には近所の同年代の奥さんたちと立ち話を楽しんでいるようだ。決まった時間まで急いで出かける必要はない。取材があっても主に10時過ぎからだ。だから、朝の自分の時間を自由に楽しめる。そのノンビリとした時の流れがいい。やっと手にした至福の時間だ。
5月─。田植えを終えたばかりの田んぼの周りを歩くと、苗は弱々しく風になびいていたが、7月に入った今は、背丈も十分に伸び、いよいよたくましい稲へと脱皮を図ろうとしている。その朝の散歩時、苗に降りた朝露が朝日を受けて銀色の真珠のように輝いている。田んぼは今一番、美しい季節かもしれない。宝石を散りばめたように光り輝く。
そうした朝の風景を眺め、小さな家族である小犬のパピーと共に歩けるのは幸せだ。朝食を終え、台所の後片付けを済ませた妻は庭に出て草取りをしていた。こちらは忘れかけていた「聖書」の言葉を思い出そうと角間川町にある教会に自転車で向かった。
角間川町は小さな町だが、教会もある。以前は外国から来た牧師さんが住んでいたが、現在は無人となっている。それでも月曜日には例会を開いたり、聖書研究会を開いたりしている。教会まで自転車で走っても5分足らずだ。こうして朝、自転車でノンビリと近くの町を走ったのは何年振りだろう。いやもう何十年振りだ。
町は昔とちっとも変わってないが、少し空き地が目立ってきた。これも高齢化社会と核家族化で、住む人もいなくなってのことだろう。小学生のころ、自転車で冒険に出かけた角間川町の裏町の通りを走って少し寂しい思いをした。
帰ってくると自分がいなくなっていたのに気づいた妻が、庭から駆けつけてきて「あなた。どこへ行ってきたの」と尋ねた。「角間川の教会だったよ。ちょっと勉強したいことがあったから」と答えた。「そうなの・・・」。たったこれだけの言葉のやり取りだったが、お互い健康で第2の人生である老後を迎えることが出来たと幸せを感じた。
11日夜、仙北市角館町在住の写真家・千葉克介さんの写真集出版を祝う会からの招待があって大曲駅から電車に乗って出かけた。退職してからはネクタイともおさらばしていたが、妻は「パーティという席だから白いワイシャツとネクタイを用意しておいたから」と言う。以前は、ネクタイをかけることに一つのプライドを持っていたが、もうそのネクタイとも縁がないと思ったら、急にネクタイさえ疎ましくなった。しかし、言うことを聞こう。紺色のネクタイを締めて電車に乗った。参院選も始まって、再びあわただしくなったが、ユックリと流れる時間を大切にしながら過ごしたい。