朝霧が降り、野の草たちが濡れる季節となった。田んぼも家々も乳白色のベールに包まれ、朝の散歩は白いもやの中を歩くようで心細い。東山も霧の向こうに隠れたままだ。半袖で暮らしたのが信じられないほど冷たい朝となった。妻と連れ立っての朝の散歩は、長袖のワイシャツにフード付きのジャケットを重ね着してである。もう10月だ。時の流れの早さに驚くばかりだ。
現職で頑張っている人には申し訳ないが、「自分の時間がある」という自由な日々がこのごろとても楽しい。もちろん取材があれば出かけるし、そのため自分の時間を失うが、それは自分のためであって、自分の時間をこなすためである。
だから取材や原稿の仕上げはできるだけ午前中に終え、午後からは自由な時間にしたいと思っている。そして妻を誘ってはドライブに出かけ、大型店をブラブラしたり、これまでは休日しか行けなかった公園などを歩いてノンビリと時の流れを楽しんでいる。そして月・水・金と週3回、ペアーレに通ってトレーニングで汗を流しており、このごろはケンニチの「こちら編集室」を書く時間も失いがちだ。
2年前に公務員を定年退職した友からは「自由という不自由さもある。退職して半年もしたらそう思う時が来るよ」と愚痴る声も聞かれたが、こちらは時間を持て余す余裕さえない。むしろ、もったいないほど時の流れが早く、出来ることならもう一度、連れ戻したいと思うほどだ。
県内は今、国体の話題で盛り上がっている。ケンニチとしても国体取材に取りかかるべきか悩んだが、一人で各会場を回って取材するのは無理と判断し、見送ることにした。
結局、国体とは別な取材に目を転じ、仙北市角館町の武家屋敷通りの路上禁煙条例のスタートや「抱返り渓谷」遊歩道開通の取材に足を向けた。どちらも写真を撮るだけで済む取材だったので妻も誘ってのドライブとなった。取材に赴いた1日は月曜日だった。平日に自分の自由な時間を過ごせるなんて、と思うととてもぜいたくな気分だった。
角館町の武家屋敷を二人で歩いた。大勢の観光客がそぞろ歩いている。なぜか自分もその一員になったかのような錯覚に陥り、「ここへ入ってみよう」「あっちも見てみよう」と街並みをブラブラした。こうして時間を気にせずに歩けるのが嬉しくてしょうがなかった。
角館町を後にしてからは「抱返り渓谷」へと向かった。ここを妻と共に歩くのは何年ぶりだろうか。落石防止工事のため昨年春から通行止めになっていたが、遊歩道もすっかり整備され、前より歩きやすくなっていた。以前の道はいつも濡れていたし、泥だらけの場所もあった。
60歳。還暦を迎えた自分。「あと何年生きられるか分からないが、60歳の分岐点を迎えたら自分の時間を持とう。そして生きていることを楽しもう」と前から思っていた。ぜいたくしない限り、細々と暮らしていけるだろう。抱返り渓谷は紅葉にはまだ早かったが、遊歩道から眺めるエメラルドグリーンの渓流は目を見張るほど美しかった。
渓谷の隙間から空を見上げても、そしてザァーザァーと激しい音を立てて流れる水の音に耳を澄ませても、岩肌から伸びた木の葉の緑を見ても、すべてが魅力的で楽しかった。渓谷を歩いてからは美郷町へと車を向け、国体の自転車競技を見学した。随分、歩いた一日だった。その日の夕、万歩計を確認したら1万8000歩以上、距離にして13キロ以上も歩いたことになる。
帰宅してからは武家屋敷通りが同日から路上禁煙の条例が施行されたという記事だけを書いた。疲れたが、充実した一日だったと思った。2人と小犬1匹の小さな家族。見つめ合い、助け合い、慈しみ合い、そして一日、一日を大事にしたいと胸に刻んだ。
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