こちら編集室「眠るぜいたく」(2月1日)

  時間が自由になったせいか、このごろ毎朝の目覚めが楽しい。勤めていたころは、目覚めと同時にその日の取材日程を考え、取材するものがなければ無いで提出するべき原稿をどうしたらいいかと布団の中にいながらも頭を悩ませたものだった。その仕事の義務感から解放された。

  だから午前4時ごろ、尿意で目覚め、トイレに走っても再び何も考えることなくグッスリと眠り、起きるのは6時過ぎになってしまう。眠り過ぎて、失った時間が少しもったいないと思う時もあるが、あわてて出かける必要もない。そのことに気づくと真綿に包まれたような甘い幸福感に満たされる。60歳の還暦を迎えたらノンビリしたい。毎日の取材に疲れ、書くことに虚しさを覚え出した4〜5年前からそう思っていた。ノンビリとは自分の時間を大切にし、過ぎ行く日々を自分のために使うことかもしれない。

  だから時間を気にせずに眠れるのも楽しみの一つだし、時間にとらわれず小犬のパピーを連れて歩くのも喜びであり、帰宅してからの食事も、新聞に目を通すのも余裕を持って付き合える。

  雪国だから当たり前のことだが、朝の雪寄せは辛い。しかし、その作業も出勤時間に間に合わせる必要もなくなったから、自分のための時間であり、体を動かすレジャーだと思うといくぶんは気が楽になる。雪寄せは重労働であり、体の小さな妻には気の毒だが、小犬のパピーを散歩に連れて行っている間、一人で頑張っている妻を思うと愛しい気持ちが募る。早めに戻って一緒に作業をしたいと足が早まる。

  それにしても目覚めていつも思うのだが、羽毛布団の温かさにはいつも感謝している。妻がまだ勤めていたころに「あなた。寝る時間をぜいたくするのもいいじゃない」と夏、冬用の羽毛布団を買い求めたものだ。おかげで厳寒時でさえ羽根のように軽い布団1枚でグッスリと眠って過ごせる。以前なら厚い綿入りの重い布団を重ね、さらに電気毛布まで入れて眠ったものだった。そのずーっと昔の子どものころは藁をいっぱい詰め込んだ〃しべ布団〃の上に布団を載せ、そして湯たんぽを抱いて眠ったものだった。

  正月過ぎの大寒。「寒い、さむーい」と声を震わせ、寝間着の代わりの丹前で肩を包み、下着一枚で布団に潜り込み、湯たんぽを抱いて眠った冬の夜が懐かしい。あのころは分厚いしべ布団の藁の臭いにどこか母のような優しさを感じ、3つ上の兄と眠る前にしべ布団の上でトランポリンのようなジャンプをドスン、ドスンとやってから布団を敷いたものだった。

  眠ってもすきま風がスースーと部屋の中を走り、朝、目覚めると窓の隙間から入った粉雪が枕を白く染めていた時もあった。

  朝の散歩時、小犬のパピーを連れ立って歩くコースは横手川の橋を渡り、南中学校前を通って戻るだけとなっている。冬を迎えてからは、雪道での転倒の危険性もあって妻は散歩を中止している。特に除雪車が走った後の雪道は鏡のように光り輝き、歩く足を奪う白い魔の手に化ける。

  正月明けの6日に「こちら編集室」を更新した。目を通してくれた愛知県のpulittuさんから「こち編を書かれたのですね」と、その日のうちにお礼の書き込みが「読者の広場に」あった。pulittuさんは「こち編」のファンだとして、昨年夏の「大曲の花火」の日に遠くから駆けつけてくれた。そして一緒に花火を観ながら「伊藤さん。こち編。楽しみながら書ける日が来たら、また書いて下さいね」と言われた。しかし、退職してから月・水・金と週3日はペアーレに通ってトレーニングをするようになったのもあって中々、時間が取れなくなっていた。その後も〃こち編〃のファンだという読者から更新の要望があった。1月31日。取材するネタもなく、久し振りに朝から自宅で過ごしている。このような日は自分と向き合い、そして本でも読んで時間を過ごそうと思う。この自由でノンビリした日々がいい。