ケンニチ表紙の写真も春ですね。私の方は先週中国の出張から戻りました。2週間ほど滞在していた武漢市内の桜は3月20日頃に満開は過ぎてました。市内には武漢大学構内と巨大な湖東湖沿いにある桜ガーデンの2箇所が桜のスポットとして知られており、私も週末を利用して桜ガーデンに出かけてみました。日本の仏教団が市に話を持ちかけ、十年ほど前に出来上がった日本庭園です。桜の木はまだまだ小さいのですが、手入れは良く、桜の木の本数も並の数ではありませんから、あと10年も経過したら立派な桜になると思いました。
今日は埃の話をさせてください。つまりは埃と文明の関係のような話です。私は1973年に初めてアメリカを訪問する機会がありました。当時は成田空港は無く羽田空港からサンフランシスコに向かいました。約3週間の旅でしたが、ミネアポリス、ニューヨーク、フィラデルフィア、サンフランシスコ、それにホノルルと云うオマケが付きました。
初めてのアメリカ訪問では驚くことばかりでしたが、その一つにアメリカ国内を旅している限り靴があまり汚れないと云うことでした。当時の東京や大阪が特に埃っぽかったようには感じませんでしたが、やはり一日外出すると革靴は埃で白くなっていました。それがアメリカでは同じ革靴があまり汚れないのに気づいたのです。
15年ほど前に台湾の台北を初めて訪問した時、既に高層ビル等も目立ち近代的な町になっていましたが、町は埃っぽく、外出すると直ぐに靴が埃で白くなるのです。朝一番に車を洗っても半日も経つと車に埃の付着が目立ち、夕方には真っ白に埃を被った状態になりました。当時の日本では普通の天気ならば車はそこまで埃で汚れることはありませんでした。2年前に久々に台北に出かけた時、直ぐに気づいたのは町が埃っぽく無くなったと云うことです。それは町を歩くだけで直ぐに感じます。
経済発展の著しい中国ですが、その経済の中心的存在の一つである上海は世界でも有数に高層ビルの数も多く、立派な大都市のように見えるのですが、気になる事情の一つは町全体がいつも埃っぽいことです。上海だけで無く、深せんでも武漢でも埃っぽいのです。その影響なのか?中国内を走る車は埃で汚れているものが多いのです。税金によって価格が2倍になると云う輸入高級車でもしかりです。
町全体で工事が多いのもその原因と一つでは?と思うのですが、それだけではなさそうです。道路整備等、大都市の社会インフラは日本、中国、アメリカ間で、さほど差は無くなってきていると思うのですが、根本の違いは道路を清掃する能力とその清掃頻度に大きな差があるようです。
つまりは建物や道路を建設した後の維持管理補修と云うメンテの部分の能力差です。今回、滞在していた武漢中心部の主要道路を見ていると、道路清掃と云うよりも道路上に散水で無く放水に近い状態まで道路を濡らして清掃は終わりです。道路上の埃とゴミを水で流してしまえ!と云うことかもしれませんが、水流を起こすほどの水は放水できず、その後を通過した車はタイヤが跳ね上げた汚れた水でボデイーは雨中を走ったのと同様に汚れてしまいます。車の運転者から文句が出ないのが不思議なのですが、昨年、何度も訪問した四川省成都の町も同じような道路清掃法でした。
放水車の走らない道路は?と云うとこれは正しく人海戦術を利用して竹箒(笹箒?)で清掃しています。まあ大きなゴミはこれで除去されると思いますが、掃いた埃は舞い上がるだけで、やがて道路上に落ちてくるのでは?と私はその効果を疑問視しています。
私は文明度を測るとしたら入れ物の数や道路の本数だけでは無く、入れ物なりインフラを良好な状態に維持管理補修出きる能力の方が重要なのではないか?と思います。その意味では衰えたとは云えアメリカの底力はまだまだ大きいと常々感じてます。
写真1は武漢市内を流れる長江の川辺で週末遊ぶ人達です。遠くに見えるのは長江を渡って武漢市の漢口と武昌を結ぶ長江第2大橋です。500万人規模の町を二分する長江を渡る橋は市内で3箇所だけ、橋の上はいつも渋滞しています。
写真2は漢口の長江沿いにならぶ戦前戦中の諸外国の租界であった地域で、当時の古い建築物が並んでいます。今は表側は大半レストランかバー等に使われ夜はにぎわってます。
写真3は漢口の町中のフルーツ店。種類は豊富ですが中国は果物は結構高い感じがします。