カリフォルニア州在住の岩間郁夫さん記「米国の中の日本文化(2)」(97・3・17日)

 こんにちわ! 県南日々WEB記載の写真を拝見していると、春はゆっくり確実 にという印象を受けるのですが、こちら北カリフォルニアでは逆に短い春が一気 にといった感じです。今、自宅裏庭のツツジは満開、水仙、チューリップも咲いて柿やリンゴの新芽も伸びてきました。来週あたりはサクランボの花も満開にな る頃なので、何か春が段階的で無く、一度に全てやってきた。そんな状態です。

 でも米国の中で北カリフォルニアは特別、何と言っても米国内で一番暮らしやすいと言われる土地ならではの由縁です。

 日本文化テーマ、今回はカラオケを取り上げてみます。

 日本に出張したことのある米国人ビジネスマンなら必ず訪問先企業の方から案内されて、一度は連れていかれたカラオケ。逆に米国人を連れていった日本人はど うして米国人ってこんなに歌が下手なのか?と感じるのがカラオケではないでしょうか?。 台湾を始めアジア各地で盛んなカラオケなのですが、米国内では勝手が違うらしく人気はイマイチです。

 サンノゼ市内にもカラオケボックス風な物を含めて、カラオケが出来る場所が7〜8ケ所ありますが、主な客層は日本、韓国、台湾人等のアジア人で、米国のス タンダードナンバー等、カラオケ用の曲は十分に用意されているのですが、米国人客を見ることはほとんどありません。

 でも一度連れて行くとあれだけ嫌がっていた本人がマイクを持ち、結構、悪乗りして面白かったと後で言うのもカラオケです。今や米国内でカラオケと言う言葉 は完全な英単語になり、イベントがあるとアメリカ人を主体としたカラオケコンテスト等も催されるのですが、新しいもの珍しいもの好な彼等なのですが、何故 か?私は今後もカラオケが家庭に入り込むことは無さそうな感じを持ちますし、 勇敢にカラオケに挑戦している米国人の歌唱力も、我々が聞くレベルでも平均以下と言うのが率直な感想です。

 世界の超一流ミュージシャンや歌手をあまた産み出すこの国で何故?と不思議に思うのですが、私なりの見解を少しコメントさせて下さい。

 原因は義務教育過程での音楽教育の差にあると思います。

 米国には小中高の授業の中で音楽という必須時間がありません。一定学年に達した時、アートの授業と して初めて美術、演劇、写真、音楽等から一つの授業を選択すれば良く、本人が望まなければ音楽を選択する必要はありません。つまり、幼稚園で歌を唄うこと を除き、ほとんどの生徒にとって学校内で生徒が皆で歌を唄うことも音符を習うということもありません。皆で唯一唄う歌は「国歌」ぐらいでしょう。

 日本の音楽教育の善し悪しの議論は別にしても、中学卒業までに習う音楽の授業は「音痴撲滅」に多大な効果をもたらしていると私は感じています。そんな背景から日 本人はとにかくカラオケで唄えるというレベルに達しているのに対して、平均的なアメリカ人はそれ以下と言うのが本当ではないでしょうか?。

 ではどうして、平均的な音楽レベルが低い国なのに一流のミュージシャンが生まれる要素があるのか?なのですが、本当に音楽をする人達は義務教育からで無 く、やはりレッスンを受けたり、自己流で勉強しているのです。逆に才能のある人間は習うことが短期間であっても才能を発揮してしまうようです。

 且つ、才能がある人を伸ばすのに各大学は芸術全般を高めることは大学教育の義務と考えていますから私立や州立大学を問わず、音楽、演劇、ダンス、美術等の 分野で一芸に長けた学生を入学させることに非常に熱心である効果かと思います。日本では芸術を教える大学は極めて限られていますし、美術と音楽を除くと ほとんど大学としてダンス、演劇等の才能を伸ばす機会を与える大学教育システ ムがほとんど無いというのは寂しいものです。結局、今日はカラオケを通じて感じ得た日米の教育システムの差という話になってしまいました。