こちら編集室「パソコンあっての県南日々」(95・5・31)
最近、使っているパソコンが故障したという話を良く聞く。昨日も知り合いの役場の人が「故障しちゃって修理に大変でした」と頭を抱えた。以前には県の人がやはり故障で修理に出したら2週間もかかったとの話を聞いた。そしてアメリカの岩間さんからもパソコンが壊れて、ハードに取り込んでおいた内容が全部失ってしまったとの電子メールを頂いたことがある。
パソコンと付き合いはじめてもう1年と1カ月。いまだにこの機械の正体はつかめず、摩訶不思議な海を相手にしているような気持ちになる。そうパソコンとは海のように底が深いと自分は思っている。その海から自分が釣り上げたのはワープロという魚であり、ニフティを使ったパソコン通信であり、インターネットである。とは言え、そのインターネットも意味不明のまま相手にしているのだから処置無しである。おまけに未だにロータスという機能を使った表計算はできない。これは未だに未知の世界である。
機能が分からないときはヘルプを使ったら良いとも言われるが、そこに書かれている文章はいまだに読む気にならない。例え読んでも理解することは自分には無理だろう。そう思っている。つまり、操作上で不明な問題が生じたらどんな時でも駆けつけて教えてもらうという条件でこのパソコンを購入し、使っているのである。他力本願。そう。すべてがパソコン技術者を頼っての操作である。
だから無数ともいえる魚がこのパソコンの海の中で泳いでいるにも関わらず、自分はそれを釣り上げるにはどんな竿を使い、どんな釣針を使い、そしてどんな餌をつけたら便利な機能、つまりおいしい魚を釣り上げることができるのか無知のままである。 ともかく「県南日々新聞」はパソコンが命である。これが壊れたら、もうどうしようもない。それだけに故障という言葉を聞くとゾッとすることさえある。もし壊れたらどうしよう。経済的には出費ばかりで、収入がゼロとはいえ、多くの読者がアクセスしてくれていることを思うと1日だってニュースの入れ換えは休みたくはない。
パソコン購入先の松戸市コンピューターサービス秋田センターの佐々木徹さんから「使い方の助言はできるがハードの故障なら自分にも手に負えない。いつでも駆けつけて直してもらうためにも保守点検という契約を勧めたい」との助言があった。月々2500円。またまた出費だが、保険と思って4月から契約した。
それにしてもパソコンは底が深い。記者室に良く顔を出していた飲み友だちの市職員がいる。定年を1年前にしてこの春、退職されたが、自分がパソコンを使いはじめた姿をみて一番驚いたのはこの人だろう。「エーッ。パソコンっ」。昨年4月だった。大声を挙げて目を見張った人だった。そのうえ、小さなCD1枚に「広辞苑」がそのまま修まっているということを知って、さらに驚いた。「いったい、どうやったらあんな分厚い広辞苑がこれに修まるんだ!」。目を白黒させた。
説明のしようもなかった。とにかく画面に呼び出してその機能を見せた。「分からん。もう俺の生きる世界じゃない」。彼は困惑した。「Aさん。こうなんだよ。広辞苑をそのまま鍋でグラグラと煮込んで、液状になった所でCDというプラスチックの皿に溶かしたんだ」。「そうか。なるほど鍋で煮て、溶かした上でプラスチックの溝に流したのか。なるほど」。Aさんは真面目そうな顔で、自分の説明を聞いていたが、少し立ってから大声を挙げて笑いはじめた。「そんな馬鹿な」。
パソコン音痴の自分と、さらにまたそれを上回る音痴はお互いの珍問答を巡って笑い転げた。ともかくパソコンあっての「県南日々新聞」である。そしてこの新聞のおかげで多くの人と知り合えることができた。九州の人とも知り合い、またアメリカに在住する岩間さんという貴重な人材も得ることになった。必ずしも秋田の人とも限らない方がこの新聞に目を通していることも最近の読者のお便りで知った。アメリカの岩間さんは静岡県出身であるということも最近のメールで知った。
メールのやり取りを通じて、こんど日本へ出張の際は必ず機会を見つけてまだ、立ち寄ったことのない秋田へ「足を延ばしたい」と嬉しい便りを頂いた。太田町出身で大阪の森元さんからはハワイで結婚式を上げ、グアム島の新婚旅行を楽しみ、ようやく落ち着きを取り戻したと近況を知らせるお便りもあった。インターネット新聞を通じて貴重な人脈が広がっていることに感謝したい。