柳千賀子さんの「シンガポール体験記(17)」(97・7・28)
足のケガはだいぶよくなりつつあります。全治3週間と言われたものの、私の場合傷負けを しないので、2週間で治るだろうと思っていたのが、やはり、年のせいなのかバッチリ3週間 かかりそうです。 ころんでケガをしたぐらいなのに、お見舞いの電話を何人かの友達に頂いたりして、心配を かけてしまったことに、申し訳なく思ってしまうと同時に、私には、親切でやさしい友達が たくさんいることが、すごくうれしかったです。みんなに感謝感謝です。
さて、今回の体験記パート17は、隣の国マレーシアのマウンテンリゾートフレザーヒル に2泊3日で旅行してきた事についてです。
シンガポールにきてから友達になったRちゃんは、ご主人がシンガポーリアン。 ご主人の両親がフレザーヒルにリゾートマンション(1室)を持っていて、 そこは、すごく涼しくって、夜は長袖のシャツでも着ないと寒いくらい。たまにヒーターを つけたりもする。と言う話は聞いていたけど、まさかこんなに早く行けるとは。 「柳さんちは、ご主人がいつも出張でかわいそうだから一緒にいかない?」と誘ってくれた ときには、迷わず「行く、行く、連れてって!」と応えた私。
ちょうどその時、夫は日本に出張中。私が留守のときに帰ってくると言うことは、 「もし鍵を持って行ってなかったら、家に入れないかも」と思い、緊急でもないのに、 日本の本社に電話をしたら、夫は「鍵は持ってるから、行ってきなよ」と快くOKしてくれた。 まぁ、言われなくても行ってくるよ。なにせ車で行くんだもん。
私の海外旅行経験というとシンガポールと日本の往復。シンガポールからマレーシアの クアラルンプールに行ったことと、シンガポールから高速フェリーで、インドネシアの ビンタン島(メチャクチャ近い島)に行ったことぐらい。ほかの友達は夫婦で、タイランドだの モルディブだの、はたまたヨーロッパだのと旅行していると言うのに、我が家は、夫は出張がち で、月半分ぐらいはシンガポールにいないし、休みもほとんど取っていないので、なかなか旅行に 行くことも出来ず、何度か「旅行に行こうよ〜!」と言ってみたところで、実現する気配が無い。 ゆっくり休みをとって旅行したいのは、私以上に夫のほうが思ってはいるみたい。 毎日忙しく、頑張って仕事をしている夫に感謝しつつも、ならば、私は、友達と旅行させてもらう ことに。私と同じ身の上の友達も何人かいたりするし。 と、ちょっと余談になってしまいましたが、そんなことを思っていた時の誘いだったので、 ワクワクしないはずが無い。
シンガポールに来て、初めて車での遠出。しかも私の今までの海外旅行の中で、一番遠い所に 行ける。クアラルンプールより、もっと先の遠い所。 フレザーヒルがどんな所かなんて私にはどうでもいいことで(最初は)、車でドライブ 出来ることがうれしくって、うれしくって、朝5時に迎えに来てくれるというのに、興奮のあまり 眠れない。まるで、小学校のときの遠足の前の晩のような感じ。
メチャクチャ寝不足のまま待ち合わせの場所に行ったら、すでにRちゃんファミリーは 到着していた。「ごめんねぇ〜」といいながら車に乗ろうとしたら、Rちゃんの子供Jちゃんは 生後7ヶ月で、子供用のカーシートに乗せられ後部座席に座っていて、Rちゃんはピッタリ 寄り添うように座っている。と言うことは、私は助手席。ヤッホーと万歳したくなるくらい うれしい。 「あれっ。あたし前でいいの?」なんて心にも無く遠慮がちに言ってみたら、「Jちゃんの そばに居なくちゃいけないから、いいんだよ。」と言ってくれたので、ニッコリ。 Jちゃんが赤ちゃんでよかったぁ〜。Jちゃんに感謝感謝。 シンガポールの夜明けは7時ごろなので、5時はまだまだ真っ暗のなか、いざ出発。
シンガポールからコーズウェイという橋を通ってマレーシアに入った。ものの5分足らずで 渡り切ってしまう距離。橋の真ん中が国境で、両側に置いてあるごみ箱の形の違いで、すぐ 解かるというのも面白い。(ごみ箱があるということは、歩いても渡れるところ。) 車に乗ったままイミグレーション(出入国審査場)を通ったのも初めて。大人3人と子供の パスポートを渡して、カウンターの方を私たちみんなが見て写真とのチェックを受け、スタンプ を押してもらって、トランクルームをチェックをされ、特に問題無く通過。 何と感想をいったらいいのかわからないけど、「へ〜。なんか面白い!」
6時すぎにマレーシアの最南端の街ジョホール・バールに入り、まだまだ暗いのに、 出勤なのかなんなのか、車はバンバン走っているし、スクーターに乗っている人は いっぱいいるし、ホーカセンターでご飯を食べている人はいるし、「みんな早起きなのね」 と感心してしまった。それにしても、車の運転のマナーの悪いこと。赤信号でも平気で すっ飛ばしていくし、ウインカーも出さずに平気で割り込んでくるし、「ヒェ〜」と 声が出るくらい恐かった。
だんだん夜が明けて来た頃、助手席に乗れてルンルンなはずが、睡魔との戦いになりはじめた。 興奮しまくって、助手席に乗れてホットしたのか、ウトウト。「寝ちゃったらもったいないよ。」 と思うんだけど、隣でご主人が「ちかちゃん、寝てもいいよ。」と優しく言われるとつい。 このご主人は、英語、中国語、マレー語、日本語と4ヶ国語が話せるお方。尊敬しちゃう。 気兼ねなく、なんでも話すことが出来て、本当に助かった。
話をしているうちに、だんだん目が覚めてきて、そうしているうちに、すっかり良い天気の 朝を迎えた。気が付いたらハイウェイを走っていた。南国らしいヤシの木やゴムの木等が、 生い茂り、パームトゥリー? と呼ばれる木が人工的にきれいにならべて植えられていたり、 何が出来るかわからないけど土地開発を広大にしているところが何個所かあったりはしたけど 建物があまり見当たらず、そこはまさに東北自動車道(南国版)のような感じ。
地域地域には、ちゃんと日本のようなパーキングがあり、日本ほどキレイでは無いけど 食事ができる所もあったし、トイレもまあまあキレイ。ガソリンスタンドも有り。 建物自体もグリーンで統一されマレーシアならではの造りで、異国情緒たっぷり。 一つ違うのは、パーキング全部に有るか無いか定かではないけど モスクとわれるイスラム教のお祈りをする寺院がある事。 さすが、宗教を重んじる国だけあるなぁと感心した。 高速料金は、日本とは比べ物にならないくらい激安。Rちゃんは、子供が生まれる前には、 頻繁に行っていたという話には納得。
マレーシアに入っておよそ6時間。やっと宿泊先のフレザーヒルのマンションに到着。 暑くも無い寒くも無いちょうどいいそよ風が、とても気持ち良い。 空気がキレイでおいしくってあの心地よさ。体のすみずみまでキレイな空気がいきわたるよう 思いっきり深呼吸してしまった。いつからか忘れてしまっていた、あの清々しさに 「生きていてよかったぁ!」とさえつぶやいてしまうほど。 帰るまでに、5、6回深呼吸をしたような気がする。暑さで膨張していた頭の中がちょっとだけ 引き締まったような。
お部屋は、2ベットルームとリビング、かわいらしいキッチン付き。バルコニーも広く そこからの眺めがまた素晴らしいのなんのって、遠くの山々まで見えて、日本やシンガポールでも 聞いたことがない野鳥の鳴き声、サルの鳴き声。私はどちらかというとビーチリゾート派 だったけど、初めてマウンテンリゾートもいいもんだなぁと実感した。 夕暮れ時、長袖のシャツを羽織るぐらいまで気温が下がり、バルコニーでご主人が 作ってくれた熱々のパスタをごちそうになり大満足。
Jちゃんは、生まれて初めての気温ということで、寝るときはヒーターを弱めに つけて、1日目はわりと早めにベットに入った。
翌日の朝食は、近くのホテルのレストランで食べた。イギリス風のホテルで、レストランも 同様。食事をしているお客は、皆西洋人。ウェイターはマレー人だったけど、 さながらイギリスのホテルでのブレックファースト。といった感じで優雅な気分。 あまりそういう場所に慣れていない私は、そそのないようにとちょっと緊張したような。
食後は、小さなホッタテゴヤのようなお店で買い物。キレイとは決して言い難いお店で、 食料品から雑貨など、ところせましと並べられて、お店のおばさんは、どこに何があるか まったく把握していない様子。日本の味の素があったり、日清の小麦粉があったり、 食料品のすぐ隣に洗剤等があったりと、微笑ましい感じで面白い。マレーシアらしい雰囲気。
その後、近くに滝を見れるところがあると聞いて、早速行ってみた。車を降りて、滝が見れる ところまで歩いていると、なんとゼンマイが生えていた。秋田の実家で見たことのないぐらい 大きく成長したゼンマイ。マレーシアの人はゼンマイが食べれるということを知らないのかも。 滝は、けっこう高さがあって、すごくキレイだった。滝壷があまり深くなかったので、 私が「滝に打たれながら修行出来るね。」と言ったら、「どうぞどうぞ。この際だから ちかちゃん、やっていけば?」と言われ、とりあえず止めておいた。
夕食は、Rちゃんと一緒に英会話を習いながら支度をして、Jちゃんが眠くなったりして ゆっくり食事は出来なかったけど、ご主人の仕事の話や、趣味の話を聞いたり、 けっこうためになる話を聞かせてくれて、私にはRちゃんファミリーはもったいないぐらいの 存在で、仲良くしてくれることに本当に感謝した。
3日目の朝、朝食も取らず部屋の掃除をして、「ずーっと、ここに居たいね。」と話しながら 最後の深呼吸をして、後ろ髪を引かれる思いでフレザーヒルを後にした。
ハイウェイにのるまでに、小さな村や、ちょっと賑っている町を通ったら、けっこう ほこりっぽいし、雑然としていて、キレイな服を来ている人もあまり見掛けなかった。 私たち日本人はとても恵まれていることを、ひしひしと実感した。
帰りのハイウェイは、行きよりも交通量が多く。制限速度が110キロのところもあったりして、 みんな飛ばす飛ばす。3斜線もあるのに、前の車を「どけ!」とばかりにあおるし、なかには 譲らない車もいて、急ブレーキをなんどかけたことか。途中、事故に遭遇。私たちが走っている 斜線の路肩にめちゃくちゃになって横転している車がいて、反対斜線の真ん中に一台めちゃくちゃ になった車がとまっている。横転した車のドライバーは生きてはいないだろうとご主人は言うので 私は、背筋がゾクゾク寒くなる思いだった。
事故現場は中央分離帯が柵などで区切られておらず、 2メートルぐらいの芝生で区切られていただけだから、頻繁にあんなちょっと不思議な 事故は起こるらしい。 そうしているうちに今度は、路肩にポリスカーが止まっているのを発見。追い越し車線を 走っていたら、なんと数メートル先をポリスマンが歩いて横切ろうとしている。こっちは、 130キロぐらい出ていたので、思わず急ブレーキ。「おまえ、死にてぇのかッ!」と激怒。 あまりのマナーの悪さに「こりゃ命懸けだぁ〜」と思い、マレーシアでは絶対運転はしないと 決心した。いくら運転するのが好きでも、命の方が大切。
ジョホール・バールの街を通ったとき、ほこりっぽく、雑然としていて、まだまだ発展途上の 街だった。シンガポールから5分たらずの橋をわたってきただけなのに、あんなに街並みが 違うのにはビックリ。 マレーシアのマハティール首相が2010年には、先進国の仲間入りをしたいと言っているらしいけど ほんっとに頑張ってもらいたいとつくづく思った。
知り合いは会社の社長だけと、心細い思いでシンガポールに赴任してきて、7月14日で丸1年 経ち、夫同伴ではなかったのが残念ですが、私にとっては、とてもいい記念すべき1周年旅行が 出来ました。Rちゃんファミリーのご厚意で、1セントも使わないただ旅行でした。 本当に良くして頂いて感謝感激でした。 なにかお礼をとデパート巡りをしている今日この頃です。