こちら編集室「恋」(97・8・21)
太平の眠りを覚ます蒸気船たった四杯に夜も眠れず
幕末。黒船の来航に怯える江戸幕府を皮肉った著名な狂歌として記憶に残っている。
そして狂歌ほどではないが、現代の川柳は
愚痴言える家のママより店のママ(サラリーマン川柳傑作集から)
川柳とは社会をおもしろおかしく皮肉ったり、風刺したものだと頭から思い込んでいた。それを根底から覆したのが六郷町の川柳作家・小諸索(本名・西鳥羽敏子)さんとの出会いであった。2年前の春だった。60代というのに女優のような美しさが漂うご婦人を前に、ドキドキしながら話を伺った。
句文集「風紋」を「読んで頂けますか」と手渡されたのが、小諸さんの川柳との出会いである。読んでいて心の底が深い淵の中に引きずりこまれていくような妖しい言葉の魅力にとらわれた。同時に思考も止まった。そして悩んだ記憶がある。まるでその世界はいわゆる世間の規矩準縄から飛び出した「恋」に一途に燃えた女の情念とでも言おうか、つまりそれを激しく、そして悲しいほど美しく歌った心の叫びだったからである。
「傘の柄を伝わり冷えてくる噂」「解決のないまま目だけを絡ませる」「コンパクト男の影も入れて閉じ」「生い立ちに触れぬ二人の夜の深み」「すんなりと大根を煮る妻の嘘」「雪ゆらゆら家出のバスを待っている」
本を手にして伝わってくる小諸さんの恋の情念。息遣い。自分が悩んだのは、歌から伝わってくる内容の真偽を果して本人に伺って良いのかどうかだった。
本を手にしながら声はかすれた。「あのー。川柳とは社会風刺を歌うものと思っていたのでしたが、このような表現方法もあるんですね」。結局は小諸さんの心の中には飛び込めず、遠回しの質問に終始した。
「ええ。川柳は俳句と違って季語が入らない分、心の叫びを歌うことになり案外、表現がストレートで、暗い作品になりがちなんですのよ」。 ご本人も川柳をやるというご主人がそばに控え、ニコニコしながら妻を見守っている。もはや内容にこれ以上、踏み込むことはやめようと思った。ご夫妻の過去に何があったのか。「そんなことより、いまこの作品を出版した妻の功績を認めてやってほしい」とでも言いたげな、ご主人の優しい笑顔がすべてを語っているんだと思った。歌に示された過去が事実であろうと虚飾であろうと。
「初めて男の人を好きになって、そしてこんなにもあなたを愛しているというのに世間ではふしだらな女だと私を責める。人妻だと、男の人を好きになってはいけないの」。
ベストセラーとなった渡辺淳一の小説「失楽園」。映画の中の黒木瞳演じる松原凛子は確か、こう言って叫んだ。そう。男と女。好きになったもの同士に世間で言う「不倫」も「ふしだら」も通じない。第3者は「不純な愛」と決めつけても、燃え上がった当人同士は「純粋な愛」と信じ込んでいるし、まさのその通りなのだ。
もう言うまい。だれにも恋への秘かな願望はある。アバンチュールへの秘かな願望はある。夜、クラブやスナックを千鳥足で訪ねて歩くのもそうした出会いへの憧れが秘かにあるからだ。いつも軽くあしらわれているのに“懲りない50歳”なのだ。
小諸さんは歌う。
「さめざめと泣いて男を斬っている」。そして「逢えた日は櫛に素直な髪となり」。
ウーン。斬られた男もうらやましいし、逢瀬を終えた日の女心の妖しさもいい。フィクションであろうがなかろうが、この歌に秘められた男と女の綾(あや)。この短い言葉に秘められた多くのストーリーは小説よりも重い。
「少し迷い少し切手を曲げて貼る」
こんなにかわいい女心が小諸さんの「句文集」には込められている。恋をした女は妖しく、そして悲しいほどかわいい。 ニコニコと記者の質問に応える小諸さん。そしてそれをやはり柔和な笑顔で見守るご主人。流れ去った月日は辛かった思い出さえも「美しくする」。夫婦とは許し合えるから良い。