こちら編集室「県南日々と早川氏」(97・9・9)

 改札口の向こうに優しい笑顔があった。「あっ。この人が早川さんだ」。一瞬にして分かった。もう10年もの知己を得たような親しみがわいてきた。早川徹氏。河北新報社情報局情報部副部長であり、河北新報のインターネット紙面を担当している方である。

 早川氏とは「秋田県南日々新聞」が2月25日、河北新報秋田版に掲載されて以来、メールを通じてお付き合い願っている。一度も会ったことのない早川氏だが、メールを通じて新聞づくりのアドバイスを受け、励まされてきた。そして仙台市で今月29日まで開かれている「国際ゆめ交流博覧会(宮城県・仙台市・仙台商工会議所・河北新報社主催)」を話題にしたら、「ぜひ、奥さまといらして下さい」との招待を受けていた。

 6日朝6時45分、私たちは秋田新幹線「こまち」に初めて乗って、仙台市へと向かった。わずか2時間。仙台駅に着いた。そして迎えて下さったのが早川氏である。多くの人が改札口をくぐったにもかかわらず、一瞬にして「ああ。この人だ」と疑いもなく判断出来たのはやはり、親しみを込めた優しい笑顔があったからかもしれない。早川氏自信も何の疑いもなく、私たち夫婦を一瞬にして判断できたようだ。

 懐かしいと言うのも変だが、もう何年も前からお付き合いしているような親しさと安心感がわいてきた。これも仕事内容は違うが同じ新聞という業務に就いていることからだろうか。早川氏は河北新報の技術畑を中心に歩み、新聞製作をそれまでの鉛を使った印刷から、コンピューターによる電算編集へと流れを変えた人である。そして今は「インターネット」による新聞発行という新時代を迎えた。

 「いま新聞社はインターネットがどのように普及し、新聞はそれに対して、どうあるべきかと試行錯誤の時代に入ってます。そうした中で紙の新聞を持たず、イキなりインターネットで新聞発行に踏み切ったのは多分、全国でも伊藤さんだけだと思いますよ。頑張って下さい」。早川氏からはインターネット新聞の有り様をめぐって、色々と話を伺うことが出来た。勇気がわいてくるお話も伺った。駅の喫茶店で過ごしたホンの10数分で、全く意気投合することができたのも早川氏の人柄がなせる技であろう。

 駅からシャトルバスに乗って「国際ゆめ博」へと向かった。膨大な敷地にメーンホールの「テーマ館」があり、日立グループ館、NEC「未来地球研究所」があり、NTTマルチメディア館があり、東北電力グループ館、三菱未来館、建設ドーム「みらい都市パビリオン」などがあった。人と人の交流があった。親子連れ、社員旅行、女性同士、恋人同士、車イスでの視察などもあった。

 早川氏が「ぜひ、見てください」と最初に案内したのは「テーマ館」にある「国際宇宙ステーション」の大型模型であった。日本、アメリカ、カナダ、ロシア、ヨーロッパ諸国などの協力で、今年からスタートするビッグプロジェクトである。宇宙に全長60メートルもあるステーションを造るというのだ。子供たちに「夢を与えたい」とする企画は観るものを楽しませた。私たちの年代にはもう縁がないかもしれないが、近い将来、人類は宇宙にステーションを構え、宇宙で生活することなるのだ。しかも、神がこの地球上で行った「天地創造」を人間が「火星」で実験するという壮大な構想まで紹介されていた。

 火星を地球と同じように温暖化させるといずれは雨が降り、陸地と海の部分が生まれ、生物も誕生するだろうというのである。旧約聖書は「はじめに神は天と地を創造された。地は形なく、むなしく、やみが淵のおもてにあり、神の霊が水のおもてをおおっていた」と書く。「神は『光あれ』と言われた。すると光があった」。人類は今度、火星という星で神に代わっておおぞらを造って、大空の下に水を造り、陸地と海を創造するというのだろうか。何か旧約聖書の中の神が怒って出てきそうな構想だが、説明を読んでいると可能性も無くはないと思った。

 ともかく「国際ゆめ博」は子供たちに壮大な宇宙の夢を運んでくる会場であった。ゆめ博の運営委員として何度も足を運んだであろう早川氏は、つかず離れずの姿勢で私たち夫婦の見学にお付き合いをして下さった。そして最後は名取市にあるサッポロビール工場へと案内し、工場で出来立てのビールを呑む機会まで設けて下さった。話はやはりインターネットによる新聞づくりであった。

 「伊藤さん。伊藤さんの個性でどんどんやるべきですよ。今は苦しくても、きっと報われる日が来ます」と温かい励ましが続いた。同じ新聞で生きる人間として、夢も広がった。「紙は無くても、新聞は発行できる。伊藤さんはそれをやったんだから」。「将来は県南日々をやりたいと言う後継者だって誕生するかもしれません。そんな時は河北が記者教育を受け入れても構いませんよ」。早川さんの友情あふれる言葉は県南日々の「孤独感」を次第に消失させてくれた。

 このごろメールを通じて、あるいは直接お会いしたひとから「長続きしてもらうためにはある程度、収入になる新聞でなければ辛いでしょう」とさまざまな人から励ましを受ける。それが実現するかどうかは分からないが、自分なりに歩みつづけたいと思う。