こちら編集室「事件の合間の講演」(97・9・20)
大曲高校の生徒たちのために何か話をしてもらえないか、と大曲市教育委員会生涯学習課から要請を受けた。文章を相手にしているから書くことには戸惑いはないが、人の前で話すという経験はない。何度かお断りしようと思った。しかし、「人生の先輩として、どんな事でも構いません。何か話をしてやって下さい」と2度、3度と頭を下げる熱心さに押し切られてしまった。
対象は今春、入学したばかりの一年生だという。将来の社会における職業選択の指針になればと学校と教育委員会が話し合って企画した「出前講座」とのことだった。自分以外にも薬剤師、市職員、NTT社員、小・中学校の先生、銀行員など10人が講師として選ばれた。話す時間は50分間だった。
講師の話が持ち込まれたのは10日ほど前。それから間もなく、大曲市で強盗事件が発生。あわただしい毎日となった。そして迎えた18日。講座当日である。午後3時からの講演に向けて、大急ぎで県南日々の紙面を仕上げ、講演に向けて準備を始めていたら「どうも強盗犯が捕まったようだ」との情報が流れ、大曲警察署へと走った。
署内は報道陣でごった返し、「容疑者の名前は!」「住所は!」と広報担当の副署長との間で激しい質問のやり取りが展開されていた。 「まだ名前は明かせません」。「話す材料はありません」。どんな質問にも口を固く結ぶ副署長に業を煮やしたが、高校に行く時間は迫るばかり。あせった。顔から流れる汗をぬぐい、胃は痛くなる思いだった。だが、高校生のことも頭から離れない。待っている生徒たちの事を思うといまさらキャンセルは許されまい。幸いにも、と言ったら変だが当日は、自分の勤めている新聞は発行日でない。県南日々なら、締切り時間もない。そんなことから取材をあきらめ、学校へ向かった。警察には携帯電話の番号を知らせ、「とにかく記者会見となったら鳴らして欲しい」とだけ頼んだ。
学校では校長先生と各教室の受持ちの先生が迎えてくれ、担当する教室へと案内された。教える立場となって初めて入った教室には、目を輝かす生徒たち40人が待っていた。ウソか本当か、お世辞かどうか分からないが、出前講座を企画した市教育委員会の職員は「生徒たちの希望を取ったら、伊藤さんの教室が一番の人気で生徒たちが集中しましたよ」との報告が前の日にあった。果してうまく話せるか自信はないが、生徒たちの表情を見て、約束をキャンセルしないで良かったと思った。
課題は絞っていた。生徒たちに文章の大切さを語ろうと。活字離れと言われる現代っ子に、ワープロ、パソコンの普及、そしてインターネットの急速な成長はとても文章力が買われる時代になろうとしていることを語ろうと決めていた。 「今日は文章についてお話をしたいと思ってます。その前に人の前で話をした経験がないから、前もって書いてきた文章を読み上げる形で進めることを許してほしい」。生徒たちの反応は敏感だった。担当の先生に自分が紹介された時に見せたあのキラキラとした目の輝きは、「文章を読み上げる形で進めたい」と述べると同時にさっと期待感が薄れていくのが分かった。「よし、出来るだけ紙を見ないで、生徒たちの目を見て語ろう」と覚悟が決まった。
新聞記者になり立てのころ、文章を書けないで苦労した話。戦争体験という人生の大先輩の取材をスムーズに進めるため、多くの戦争小説を読んで勉強した話。そしてテレビよりラジオのニュースに耳を傾け、ニュース原稿とはどのように書かれているものか訓練した若いころの話。生徒たちが次第に熱心に聞いてくれるのがこちらに伝わってきた。中にはメモを執る生徒の姿もあった。
とにかく「これからは文章力が大切な時代。インターネットが普及すればするほど、文章と文章のやり取りで商取引も行われるし、企業は書くことに手慣れた人材を求めるだろう。電子メールによって友だちの輪は広がり、交流も広がる。また、文章と文章の交流はお喋り以上に心と心の結びつきが深く、将来の大切な伴侶を得ることにもなります。そのためにも相手を傷つけず、心和む文章を書ける大人になってほしい」と話は進んだ。
川端康成の小説「雪国」に登場する葉子という女性の声を、「川端は『悲しいほど美しい声であった』と表現してます。さらにその声を『高い響きのまま夜の雪からこだましてきそうだった』とも書いてます。この表現力の美しさ。作家は素晴らしい言葉を使い、ものを見る観察力もとても鋭い」。ともかく、文章を書くには鋭い観察力と表現力が必要であることは間違いないと説いた。
新聞の社会面に掲載された記事の前文をいくつか紹介し、小説と新聞を読むことこそ文章を書くための大切な訓練であり、心がけてほしいと語った。パソコンを持参し、県南日々が電子メールを通じて世界の様々な人とつながっていることを生徒たちに見せた。そばに寄ってきて画面を見る生徒もいた。アドレスを教えてくださいと要望する生徒もいた。最後に「君たちをデジタルカメラで写させて欲しい」と頼んだら、どっと教室が沸いた。短い時間だったが、生徒たちと一体になれた一瞬を感じた。
終わって、警察に駆けつけたら既に容疑者の自宅は多くの報道陣に知られることになり、ほとんどが取材を終えて警察発表を待つ段階だった。こちらは現職の村会議員ということもあって、役場へ駆けつけ、それから容疑者の自宅へと向かった。既に日は落ちかけ、薄暗くなっていた。近所の話を聞き、警察へ戻るころは真っ暗になっていた。午後5時55分、容疑者逮捕と発表され、「記者会見は午後7時から」と決まった。ともかく1時間ある。車に戻って車内でパソコンを操作して原稿を書きはじめた。強盗犯逮捕の記事を県南日々に送ることが出来たのは夜8時だった。
その記事に対して読者から抗議を受けた。「容疑者の番地まで書く必要はあったのか。南外村だけで良かったのではないか」と住所の扱い方だった。他紙を確認した。なるほど多くは「南外村字下荒又」で止まっている。番地まで書いたのは魁紙と県南日々だけだった。報道の難しさを痛感した。
ともかく一段落した今、思うことは強盗犯の家族のことである。強盗という切羽詰まるまで追い込まれた容疑者にもそれなりに事情はあったろうが、その家族のことを思うと悲しくて、やる瀬ない。時間が流れ、事件を振り返れば振り返るほど、このような仕事に携わっているものとして悲しみも深いということを記しておきたい。