柳千賀子さんの「シンガポール体験記(20)」(97・9・30)

 引き続き、「ミセス6人ウフフIN BANGKOK」 2日目以降の私たちの 行動を書くことにしましょう。

 2日目(9月17日)ツアーに組み込まれている、市内観光の日。 朝5時半に起床。6時半には出かける用意をしてブレックワーストを食べに ホテルのレストランへ。 スイス系のホテルだけあって、ヨーロピアンの観光客が多く、 食べ物の種類も豊富で、すべておいしそう。 実際、どれもこれもおいしかったらしい。 「らしい」というのは、けっこう食べ物には欲張りな私なのに、ここ十数年 朝の6時半という時間帯に朝食を食べた事がないので、 食べたくても食べれない状態。3回の朝食で全種類を食べれなかったのが 一番の心残り。 パンが大好きな、ユキちゃんやコウコちゃんは、 「ここの、パンはすごくおいしい!」と大満足。

 7時過ぎ、例の空港で遅れてきたMr.ブンさんは寝癖頭で登場。 「寝坊したな?」一目瞭然のお姿。 中国系タイ人に見受けられるものの、英語はコテコテのシングリッシュ。 英語、タイ語、中国語が話せて、日本語は話せないけど、 勉強したいらしい。「もう少し早く勉強してくれれば・・・」 自分が英語がわからないもんだから、ブンさんに求めてしまう私。 「みんなミセスなの?」と聞いてきたので、「イエース!」と応えたら、 「日本人の奥さんは、夫に対してすごく尽くすんでしょ?」と、 さらに聞いてきたので、 「ん?」それには、6人元気に「イエース!」とは応えられない。 「私たちはまだ子供がいないから、自由にしてる。いま夫は、 シンガポールで仕事をしながら、自分でご飯を作ったり、洗濯をしたり してるとおもう。」 とアヤちゃんが代表して応えてくれて、 「よくシンガポーリアンにも、そう言われるんだよね。」 ということは、私たちは、なに? うそでも、「そうだ。」と応えておけばいいのに、みんな正直なんだから。 「ハハハァ」と笑い飛ばしたら、ブンさんも、それ以上のつっこみは 遠慮されたみたい。

 市内観光には、私たち6人の他に、シンガポールから観光にきた、 おじいちゃま二人をピックアップするということで、 思いがけず、バンコクのチャイナタウンに行ける事に。 私たちの行動計画の中に、チャイナタウンは入っていなかったので、 ラッキーなことに、街並みを見る事ができました。 ブンさんの説明によると、若者はあまり訪れないエリアらしく、 中年のチャイニーズで賑っているエリアらしく、なるほど 納得できる街並み。

 おじいちゃま二人をピックアップして、二日目最初の観光は チャオプラヤー川のクルージング。 リバーシティーで車を降り、船着き場に行くと、またしても 日本人観光客わんさか。私たちもその中の一員ではあるけれど、 改めて、タイの人気を垣間見た感じ。 チャオプラヤー川は、話に聞いていたとおり、決してキレイとはい えない、ドブ川とまではいわないけど、それに近い泥水川。

 「どんな船に乗るんだろうね。まさかあのボートじゃないよね。」 不安な予想は的中し、ディーゼルエンジンの細長い船体にビニール の屋根がついていて、 ボートの両側に二人ずつ座れる座席はあるけれど、 スピードをだすと、水しぶきがようしゃなく飛んでくる。 「ヒャ〜!」水滴が口の中に入ったら?想像するだけでも恐ろしく、 時折、ドブ臭さが漂ったりするので、ハンカチで顔を覆いながら、 1時間弱のクルージングはやたらと長く感じ、 「早く降りたーい!」と思ったのは、私だけでは無いはず。 ブンさんは、英語と中国語で、川沿いに見える寺院や、建物の 説明をマイクを使いながら、声高らかに説明してくれても、 こっちは聞いてる場合じゃない。途中観光名所のところでは、 スピードを落としてくれるので、しっかり写真はとれたけれども・・・ 腕に水滴がついただけでも「ゾッ!」とするほどなのに、 川沿いに民家が建ちならび、川の水に浸っている木は腐ったり しないのだろうか心配になるくらい。木造の頑丈ではないたたずまい。 家の前のあの川で、水浴びしている親子がいたり、 お風呂のように川を利用している人がいると思えば、隣の家からは 生活用水が川に流されていたり、バンコク市民の大切な交通手段 の川は、なんでもありでした。

 「タイ人のたくましさを感じるね。」の一言に尽きるチャオプラヤー川 でした。 そのボートで、ワット・アルン(暁の寺)まで行き、見学。 リノベーション中で、足場でかこわれているものの、装飾はお見事。 装飾のすごさに上ばかり見てたら、犬の糞を踏みそうになりドキリ。 野良犬が多くて、寺院をみながらも、足元に気を配らないといけない ところでした。

 再びボートに乗り、向かいの川岸につき次は、ワット・ポーを見学。 巨大な寝釈迦像が、「デェ〜!」と奉られているお寺。 全身を写真に写すのは、到底無理なことで、顔だけ記念にパチリ。

 見学を終えて朝乗った車に乗り、待ちに待った昼食。 ローカルの旅行会社が用意してくれた昼食はどんなだろうと、 楽しみにして行ったら、バイキング形式のタイ料理。 まあまあおいしく食べれました。激辛が大好きなユキちゃんは、 チリソースをタップリつけて、おいしそうに食べていました。

 食事を終えて、こんどは政府が管理している宝石工場へ。 タイは、ルビーとサファイヤが特産で、日本で買うよりも、格段に 安いらしい。かなり広い範囲でお店も出していて、観光客とお店の スタッフとで、ごった返している中を、かき分けるような形で、 私は見学だけ。スタッフは片言の日本語が出来て、一つ一つ 説明してくれるものの、あまりの数の多さに選ぶのが困難。 ディスカウント交渉が得意なコズエちゃんだけ、サファイヤの指輪を コズエちゃんが希望の金額で購入。

 以上で、ツアーに組み込まれている見学地は終了。 「せっかくバンコクに来たのに、ワット・プラケオ(王室寺院)が見れない なんて。」と残念そうにしていたら、 ブンさんが、 「シンガポールドルで20ドル、個々に払ってくれたら案内できるよ。」 と言う。「シンドルで20ドルは高い!」ディスカウント交渉したものの、「入館料込みだし、一つ一つ説明付きだからダメ。」とのこと。 「仕方が無い!」6人は太っ腹になり、ブンさんに案内してもらう ことになりました。

 王宮に向かう途中、現在の国王が住まれているチットラダー宮殿 (日本で言う皇居)が見え、警備員がみな銃をもっての警備に、 「タイの王様はこんなに頑丈に守られているんだね。」 来るまで移動しながら見たので、どれぐらいの規模なのかは、分か りませんでしたが、お堀で囲われて、皇居に似た部分も有りました。

 王宮は、服装チェックが厳しいと聞いていたので、みんな大丈夫。と 思いきや、ノリコさんはサンダルを履いていたので、チェックされ、 洋服や靴を貸してくれるところがしっかり用意されていて、そこで、 借りた靴に履き替えて、入場することが出来ました。

 一つ一つの建物について、ブンさんが英語で説明してくれて、 「へェ〜。そうなんだ。」5人は分かっている様子でも、 私はチンプンカンプン。ガイドブックをみたり、通訳してもらって、 3テンポほどおくれて、「ホ〜。」と感心。 どれを見ても「スゴイね!」「キレイ!」「うわー!」の3つの言葉しか でないくらい、素晴らしい建物ばかりでした。 日本の寺院に比べたら、色鮮やかで金をふんだんに使っているので、 豪華絢爛。どの建物も大きいので、「この宮殿の前で写真を撮ろうよ!」 といっても、建物を撮るべきか、人を撮るべきか、バランスよく撮るの は、非常に困難で、出来た写真をみると、建物を重視したようで、 私たちは豆粒状態。

 これだけの建物を、どれくらいの年月と、どれくらいの労働力を 必要としたのだろうか、気の遠くなるような緻密な彩色や、 一つ一つの造りは、本当にお見事でした。 詳しい説明はガイドブックをご覧になっていただくとして、 20ドルは高かったけれど、ブンさんが一生懸命説明してくれて、 カメラマンにもなってくれたし、バンコクの中で一番の観光名所 を見学出来たので、いい記念になりました。

 ホテルまで送ってもらい、30分程休憩してから、ホテルの真向かいの タイ・伊勢丹とワールドトレードセンターをちょっと見学しながらちょっと 買い物。 夜は、インドラリージェントホテルのサラ・タイで宮廷料理を食べて、 タイ舞踊を見学。 サラ・タイの店内は、なかなか趣があり、豪華な気分にさせてくれる造り。 宮廷料理は、一人一人同じセットメニューになっていて、それほど 豪華ではなかったけれど、品のあるおいしさで、シンガポールにはない タイ料理を食べる事ができました。 食事が終わったぐらいに、タイ特有のめずらしい楽器で、タイらしい 音楽が流れ、男女が民族衣装に身を包み、古典的なタイ舞踊が始 まりました。タイ舞踊の特徴の一つは、指先をピーンと外側に向けて 踊るので、しなやかな感じでとてもキレイ。 最後に観客が何人か選ばれて踊るコーナーがあり、我がユキちゃんが 選ばれ、なかなかGOODな男性と一緒に踊りました。 ニコニコしながら踊っていたので、「ユキちゃんなかなかやるじゃん!」 踊り終えて戻ってきたユキちゃんの感想は、「簡単そうに見えて、 難しかったァ。」「ちゃんと記念に写真撮っておいたから。」とはいったものの、 出来てきた写真はピンボケ。ユキちゃんごめーん。

 バンコクへ旅行するにあたって、打ち合わせをしたときに、何個所か タイ舞踊を見れるところがあったのですが、交通の便を考えて、 ホテルから歩ける距離で探したのが「サラ・タイ」で、事前にコズエ ちゃんが電話で予約をしてくれていたし、選んで大正解でした。

 行くときは足元に注意して歩くことで精一杯でしたが、帰りは、歩きながら、 小さなお店を見たりしながらゆっくり歩いていると、9時?過ぎだというのに、 道端に小さい子供が小さな入れ物を前において座っていました。胸がキュンと締め付けられるような、切ない気持ちになり、お金はあげれ なかったけれど、「頑張ってね!」と日本語で声をかけてしまいました。 近代的に発展しつつあるバンコクでも、あの子供たちを見ると、経済的に まだまだなんだなぁと実感し、一日も早く、あの子達のためにも、経済的 発展を望まずにはいられない夜でした。

 3日目(9月18日)天気は快晴。 パンダバスの「アユタヤ遺跡めぐりと豪華クルージングの旅」に参加。 またまた、早起きをして朝7時にパンダバスの現地ガイドさんが ホテルに迎えに来てくれました。 近くのホテルまで歩いていき、バスに乗り込んだら、日系のツアーバス だけあって、すべて日本人で満席。 ガイドさんは、日本語で説明してくれて、 「アユタヤまでは、1時間ちょっとかかるので、ゆっくり睡眠をとっても いいですよ。」と言ってくれているかいないかのうちに、ユキちゃんは すでに眠りに入っていた。私も眠くてウトウトするものの、この目で見れる ものは、すべて見ておかないと損をするような気がして、気が散漫して 寝るに寝れない。 途中、グリーンとオレンジ色の特徴有る屋根の寺院が見えるたび、 ガイドさんは説明してくれるけれど、声が低いのと、ちょっとたどたどしい 日本語なので、サッパリ分からない。 だんだん、郊外の県道のような道を走っていくと、秋田の田舎道を走って いるようで、なんだか懐かしい。

 バスは、最初の見学地バンパインプレスに到着。5人はゆっくり眠れた ようでスッキリとした顔をしているのに、 私だけ、眠さを引きずりボーとしていたような。 ガイドさんの説明は、大人数のなかで小さい声なので、ちょっと私には 解からなかったのですが、中国の職人が造られた宮殿を見学したり、 象のかたちの木の前で、写真を撮ったり、とりあいず、そこには行った という記念の写真は何枚か撮りました。

 アユタヤー遺跡とは、1350年から400年以上もの間、5つの王朝、35人 の王がアユタヤー国王の華麗なる歴史を築いた場所。でも、度重なる ビルマとの戦いで1767年に陥落し、今となっては、王宮以上に豪華で 立派な宮殿や、寺院は、徹底的に破壊され、煉瓦積みの土台だけが 残されている所でした。つらく悲しい歴史の跡を垣間見ました。 タイの歴史をもっと深く知りたい衝動にかられたのは、私だけでは なかったようです。

 次は、同じバスに乗っていた他の観光客の方が、象に乗るということで、 エレファント・ファームへ。 そういえば、バンコクで象を見ていない気がする。2月にバンコクに旅行に 行った友達が言うには、バンコクの街中を象が歩いていて、 SOGOの前には2頭もいて、横断歩道を横断しているのをみたらしい。 今年に入ってから、象がバンコク市内を歩く事が禁止されたらしく、 今となっては、象の仕事が無く、餌代を稼ぐ事が出来ず、象の社会でも なかなか大変らしい。象の病院を作っているけれど、経済的な面で 完成の見込みがたっていないというのはとても切ない。 タイといえば、寺院もそうだけど、象を一番にイメージするので、 なんだか寂しい。 20バーツで、二人ずつ象に乗れるというので、思いがけず、私とアヤちゃん 以外の4人は乗る事になりました。 「タイに来たんだから、やっぱ象とのふれあいをしなきゃ。」と誰かか言い、 餌のバナナをあげたり、写真を撮ったりと楽しみました。

 そのままバスでバンコクへ戻る人は、バスの中でのランチ。 バスの中で食べる昼食をチラリと除いたら、三角おにぎりが入っている、 簡単なお弁当。ちょっと気の毒な気がしました。

 私たちクルーザー組みは、あのチャオプラヤー川を船でバンコクに戻る といったコース。 わりとこぎれいなクルーザーで、1階はレストラン、2階は看板になって いました。前日のボートじゃなくって、ホッと一安心。 ビュフェ形式のランチで、どれもおいしく、日本人好みの味付けでした。 私とアヤちゃんは、昼間からSIGHA BEERを頂きました。

 それにしても、アユタヤ観光は暑かった。背中がビッショリになるくらい 汗をかきました。シンガポールは今ヘイズに看まわれ、しばらく青空を 見ていなかったので、久しぶりの青空をみれて、すごくうれしい。

 今タイは雨季のシーズンにも関わらず、雨には降られなかったし、 特に、この日は雨が降ったら最悪な観光になったとおもうので、 「日ごろの、みんなの行いがいいんだよ。」といいながら、本当に天気 には恵まれて、ラッキーでした。

 およそ、2時間ぐらいゆっくり過ごし、夕方、前日ボートに乗った船着き場へ 到着。パンダバスのツアーは、この後宝石工場へ行くと言うので、 私たちはキャンセルし、ホテルに戻る事にしました。

 とはいえ、ホテルまでどうやって帰るかが問題。 ガイドさんが、タクシーでホテルまでだったら、80バーツから100バーツ ぐらいだと教えてくれたので、3人ずつに分かれてタクシーを使うことに決定。 わりと簡単にタクシーは拾えたけれど、「アーノマホテルに行きたい」 と英語で言ったら、英語の分かるドライバーで「今夕方のラッシュだから、 200バーツだ」と言う。「高いじゃん!どうする?」「100バーツにして!」 と交渉しても、「ダメだ。」という。そうしているうちに、もう一台他の3人が 乗れるタクシーが来て、値段を聞いたら、そちらも200バーツだという。 早くホテルに戻りたかったので、またもや全員太っ腹になり、乗ってし まいました。 渋滞だからと行ったはずなのに、ドライバーは裏道ばかり使い、スイスイ 走り抜け、SOGOのところで、「右折は出来ないから、ここで降りて、 歩いていった方が早いよ。」という。「ホテルまで行ってよ!」と言っても、 頑固で不親切なドライバーは「ダメだ。」という。あきらめて、ホテルに 歩いていったら、他の3人はまだ着いていない。

 15分待っても来ないので、心配になり「大丈夫かな」 「コウコちゃんが、ホテルの名刺を見せていたし、コズエちゃんが乗って るから大丈夫だよ。」さらに待つこと10分、しっかりホテルまで乗ってきた 3人をみて一安心。 気の弱いドラバー?だったらしく、200バーツと言っておきながら、 時折300バーツと言ったりするので、「200バーツって言ったでしょ」といって 降りるときに、200バーツ渡したら、あきらめた表情で受け取ったらしい。

 この事をバンコク旅行経験者のMちゃんに話したら、「なんで、メーター付き のタクシーで値段交渉するの?シンガポールでもタクシーに乗って、 値段交渉なんかしないでしょ。たぶん、メーターでだったら、40バーツ ぐらいだよ。典型的なボラレタっていうやつだよ。」 そう言われると、そうかも・・・80バーツほど多くはらってしまい、 私たちも例の「やられた!」わけです。

 夕食までは、まだ時間があったので、ホテルのすぐ近くにある、青白陶器 を売っているお店へ。 シンガポールでも売られているけれど、ここで買った方が安いということで、 ユキちゃんは、あれもこれもと山ほど買込んでいました。 「ちかちゃん、あんなに買っても値引きしてくれないんだって、何とか言って?」 と言われても、日本語でならいくらでも言えるけれど、私はレジに 付いて行ってあげることしか出来ず、コズエちゃんにお願いしてもダメでした。 仕方なく、定価で購入してしまいました。

 コズエちゃんとアヤちゃんは、夕食をどこで食べようかといろいろ考えてくれて いたのに、なかなか決まらず、決まらないまま、DFS(免税店)へ。 店内は広いものの、品数があまり無く、サッサと買い物を済ませたのに、 もう8時過ぎ、「どうする?早く決めないと閉っちゃうよ。」 日本食レストランもあるしイタリアンレストランもあるけど、全員あまり乗り気 ではなく、たどり着いたところが、ベトナム料理とタイ料理のレストラン。

9時半にラストオーダーということで、私とアヤちゃんは、レストランで飲んで いることにして、他の4人は、9時までに戻るということにして、買い物に 行ってしまいました。4人が戻る頃には、私はいい気分。 6人集まったところで、お店の客は私たちだけで、貸し切り状態。 ベトナム料理の生春巻きが大好きなユキちゃんは嬉しそうに食べていたし、 辛いものがあまり得意ではないコウコちゃんや、ノリコさんも、満足に 食べれていたし、私は、SIGHA BEERじゃない、なんというビールだったか すっかり忘れてしまったビールが、冷えていてすごくおいしかったので、 大満足。「ここのレストランにして正解だったね。」なんていいながら、 食べていたら、レストランの人が「雨が降ってる。」と言うので、 私がレストランの窓から外を見ると、スゴイ雨。 「向かいのホテルなのに、これじゃ帰れないよ。どうする?」 5人食べている手を止め「うそ!」「すぐに止むといいだけどね。」

 不安を胸に、さらに食べたり飲んだりしていると、 一人の男性客が二人のレストランのスタッフに案内され、私たちの近くの テーブルに座りました。 「二人に付き添われてきたなんて、偉い人なのかな?」とチラリと思ったけど、 さらに食べ続けていると、お店のスタッフが、 「あのお客様が、皆さんにワインをごちそうしてくださるそうです。」といって、 赤ワインをサービスしてくれました。ユキちゃんはワインが大好きなので、 嬉しそう。みんなで「サンキュー!」とお礼を言ったら、まるで皇太子様 のような、微笑みを返してくれました。 コズエちゃんは、お酒が飲めないので、コズエちゃんの分まで、飲んでい たら「ちかちゃん、顔が赤いよ!」とアヤちゃんにいわれ、「エッ!」 確かに顔が熱い。私は、外の雨が気になるので、窓を覗いたりしている うちに、私たちのテーブルに、先ほどの男性がジョイントして一緒に ワインを飲む事になりました。さっそくその男性に「顔が赤い」と言われ、 「キャー恥ずかしい。」それにしても、ミセス6人に一人で話し掛けてくる なんてなかなかいい度胸をしている人。

 話を聞いてみると、シンガポールに住んでいて、仕事でペキン、香港 を回り、バンコクに寄ったらしい。 恥ずかしながら、私は酔っ払っていたし、外の雨が気になってそれ 以上の会話や、写真を撮った事すら覚えていません。 再び外を見たら、道路は洪水!。 いっきに酔いがさめて、「ちょっと、洪水になってるよ!」男性ともども、 慌てて帰る事になりました。「歩道橋を使ったらいいじゃん!」とユキちゃんは いうけれど、歩道橋に行くまでが水浸し。向こう側に渡るには、6斜線ほどの 道路をどうしてもこの水浸しを避けては通れない。 ズボンをたくし上げ、濡れても仕方ないとあきらめ、走って渡ろうとしても、 車がぶんぶん通るので、横切れない。交差点の所で、車を停めて、 バシャバシャと走って、やっとの思いで、7人ホテル側にたどり着きました。 ゴミは流れてくるし、車が通ると波のようになるしで、「ヒェ〜!」と 大騒ぎ。それでも、ホテルが近いという安心感があり、この洪水をバックに 記念写真。 ガイドブックにも、洪水は一つの風物詩になっていると、書かれているけど、 実際洪水に遭遇し、風物詩では清まされないものすごさ。 バンコクの行政は、ビルを建てたり、近代化を進める前に、この事を 「何とか知てあげて欲しい」と心から思いました。

 彼は、近くのホテルに泊まっているらしく、私たちのホテルまで、 荷物を持ってきてくれました。ワインもごちそうになって、このままさようなら と言うわけにもいかず、「一緒に飲みませんか?」と誘ったら、 「OK!」ということになり、靴を履き替えて、私とアヤちゃん、ユキちゃんと 各部屋から飲める代表があつまり、4人でホテルのバーで飲むことに なりました。 アヤちゃんがほとんど話し相手をしてくれて、私は話が半分ぐらいしか 分からないので、「へ〜」とうなずきながら、飲んでばかり。 1時間半程、飲んでいたら、お店が閉ると言うので、彼の分はごちそうして あげて、解散。 彼は、さわやかな笑顔を残し、ホテルへ帰って行きました。

 とりあえず、私たちにとっては、その日の夜でよかったんです。 もし、この洪水が昨夜だったら、途方に暮れて、意を決して歩いて来たと しても、ゴミやら犬の糞は流れてくるわ、あのチャオプラヤー川を 歩いて渡ったような、靴が濡れちゃったでは済まされなかったと 思うと、背筋の寒くなる思い。 それにしても、順調な観光をしていたのに、3日目にして、洪水に 遭遇し、靴はどぶ臭くなるし、とんだハプニングがおきたのですが、 ホテルが近かったり、靴がぬれた程度ですんだ事は、不幸中の幸い だったのかもしれません。

 今回の体験記では、私がいかにのんべーかということを、自分で暴露 してしまったようで、お恥ずかしい限りです。

 かなり長くなってしまったので、4日目最終日は、パート22で 書くことにします。