岩間郁夫さんの「アメリカ暮らし(16)高校教育」(97・10・13)
久々に週末2日、自宅です。季節感の少ない北カリフォルニアですが、冬の訪れ を告げる始めての雨が降りました。朝夕は肌寒い感じなのですが昼間は相変わら ず上着要らずの生活です。 庭のフユウ柿の色が鮮やかになりましたので、昨日、4ー5個を採って食べてみ ましたが、出来は満足です。この柿なんですが食べ方をアメリカ人はほとんど知 りません。元々アメリカにはシブ柿しかなかったことが理由のようなんです。甘 柿は最近になり、アジアから苗木が運ばれ、広まったようです。日本、中国、ベ トナム人の家には良く柿の木が植えられています。
さて次回にアメリカの受験をご紹介したいので、その前にアメリカの高校を少し 紹介してみたいと思います。
アメリカの場合は高校まで義務教育ですから、公立高校入学まで受験と言うもの がありません。学校区の中に小中高が存在し、学年を終了すれば自動進級となる 訳です。また、自分の居住区と異なる学区の高校に通いたい場合も学校区の教育 委員会に理由と共に届ければ大抵は認められます。私立の場合でも学校独自のペ ーパー試験と言うものはほとんど無く、過去の成績を合否判定の基準にしている ようです。
北カリフォルニアの学校制度は小学校6年、中学2年、高校4年のシステムが一 般的なのですが、一部の地域では小学校5年、中学3年、高校4年となっていた りして一律で無い為、中2とは言わず8年生と言う表現で混乱を避けています。
高校は基本的に日本で言う普通高校だけで実業高校はありません。ただ授業のシ ステムとして最低取得科目を除くと大半が選択科目方式をとっていること。科目 毎の能力別クラスが徹底していて同じ科目でも自分の能力に応じたクラスを選択 できることが大きな違いです。従って、同一学年でも一人一人習った科目が違う し教科書も異なったり、授業によっては複数の学年の生徒が混じりあうケースも 多く生じます。
例えば出来る生徒に対してはオーナークラスとかアドバンスドプレースメントク ラスが容易され、高校時代に大学の一般教養科目の単位が収得出来、どの大学で もこの高校時代に修得した単位が認められ、大学では同じ授業を受ける必要が無 い等の便宜がはかれています。一方、それほど難しい科目に興味が無い生徒に対 しては、より実務教育に近いタイピングとかコンピュータ、料理、自動車修理等 の科目が数多く容易されていて、それらの単位も全て他の科目同様、修得すれば 卒業資格に加えられる等、一律教育を目標にするのでは無く最低必修単位以外は 生徒の能力や希望に応じたクラスが用意されています。
最も本人の能力がクラスについていけないと判断された場合、生徒の意志とは逆 に先生によってクラス変更が行われます。 これらの選択クラスのシステムは中学校時代から既に始まる為に、高校でも生徒 にとって自然に受け入れているような感じです。生徒側でもレベルが高いとか低 いクラスで授業を受けることはあまり意識していないようで、逆に一律教育を受 けたことが無い為に妙な対抗意識や優越意識はあまり無いように聞いています。
これだけ聞くとアメリカの高校システムは日本より遥かに優れているように感じ られるのですが、実際はそうでもありません。最大の問題は、子供は子供、親は親 と言うような個人主義の徹底からか?子供の教育に感心の無い親が増えているこ と。(親は新型車を買う金があっても子供の大学資金を出さないと言う親は珍し くありません)。親の離婚に伴う家庭の複雑さ、誘惑等の要素が重なった非行生 徒の問題。学校ではギャング団と称しています。
先生と言う職業は世間の他の職 種と比べて異常に給与水準が低く先生のなり手が少ない。特に理数科目の先生は 極端に不足していること。先生が移動で学校を代わることは無く沈滞化してしま うこと。財政難から教育予算が大幅にカットされて、設備面やクラス数の削減が 毎年のように実施されてしまう等など問題も多いようです。
最後にアメリカの高校で制服なるものはありません。全く自由な訳ですが、日本 と違ってアメリカの子供達はあまり、お金を持っていませんのでブランドものな るものを持っているケースはまれです。 安い服やアクセサリーを工夫しながらと言うのが生徒の特徴です。でも彼等は比 較的体形が良いから、それなりに見えるんですね。どうもその点、日本人は金を かけてマイナス点を補っているようです。
では!