こちら編集室「隠れクリスチャン」(97・10・30)
郵便局長から牧師へと転身した大曲市住吉町の加藤昭之助さん(69)を訪ねた時は、一種の感動を受けながらの取材であった。黙って定年を待つか、人生それだけかと悩んだ末に65歳定年の特定郵便局長を60歳で辞め、困難極まる牧師試験を受け、神に仕える人間でありたいと誓ったという。
いろんな生きかたを取材したが、キリスト教関係の取材経験はさすが少なかった。六郷町にある小さな教会もまた、心を静めさせた。わずか6脚のテーブル。いすもわずか12脚。中央に聖餐台があるだけ。お寺のような華美で厳かな装飾も神秘さもいっさいなく、十字架だけがキリスト信者たちの集まりの場であることを伝えていた。
神に仕える身である加藤さんに伺った。「旧約聖書を少し読んだだけですが、とにかく人間が殺され、とても残虐な世界だと思いましたが」。加藤さんは優しい笑顔を浮かべ、「聖書を良く読んでますね。旧約は神との契約の時代ですから、神との契約を破ると神の裁きを受けるのです。新約になって初めて愛という言葉が登場しますから」と静かに語った。
一時期、旧約聖書を夢中になって読んだことがあった。救いを求めたわけではないが、膨大な文字のなかに没頭して、忘れたいことがあった。読み進むうちに戸惑った。「人を撃って死なせた者は必ず殺されなければならない。しかし人がもし、ことさらにその隣人を欺(あざむ)いて殺す時はその者をわたしの祭壇からでも、捕らえて行って殺さなければならない」「命には命を、目には目を、歯には歯を、手には手を、足には足を、焼き傷には焼き傷」(出エジプト記より)。
徹底した報復を語っているのである。これは聖書というより膨大な残酷記だとさえ思った。しかし、加藤さんは「旧約があってこそ、人間の生きかたを説いた新約聖書が生きてくるのです」と静かに諭した。話を聞いているうちにキリスト教の優しさ温かさに触れる思いをし、機会があったら話を伺いに通ってみようとも思ったが、すでに取材の日から20日以上も過ぎてしまった。熱心な信者にはなれそうもないことを悟った。
その翌日は千畑町にある「隠れキリシタンの洞窟」を訪ねる機会に恵まれた。江戸時代。善知鳥(うとう)というその地に多くの隠れキリシタンが住み、クリスチャンであるがゆえに役人の捕縛(ほばく)を受け、斬首の刑を受けたという。記録によると寛永元年(1624年)に善知鳥の信徒13人が横手方面で処刑されたとされている。
町道から山道に入った。距離にして約1キロ。うっそうとした杉林が続く。同行した大曲市文化財保護協会のメンバーは「いくら神様のためとはいえ、冬はどうやって通ったものでしょうね」と生活感をにじませながら、山道にあえいだ。確かにそうだ。雪のない今の季節なら、人の目を逃れても通うことは出来るが、真冬はどうしたもんだろうと思った。
どんな辛い拷問を受けても改宗出来なかったクリスチャン。命を神に捧げることで救われようとした信徒たち。「わたしのために人々があなたがたをののしり、また迫害し、あなたがたに対し偽って様々の悪口(あっこう)を言う時には、あなたがたはさいわいである。喜べ、よろこべ、天においてあなたがたの受ける報いは大きい」(マタイによる福音書から)。
善地鳥の信徒たちはこの言葉を胸に刻んで、山道をあえぎながら登って行ったのだろうか。暗い洞窟は何も語らないが、「ポトン、ポトン」と落ちるしずくの音だけが小さく響いた。音に耳を傾けながら「キク」とい名の少女を思い浮かべた。遠藤周作の小説「女の一生」に登場する薄幸の少女である。キクは愛する男のために自分の体を役人に与えてしまう。そして胸の病で死ぬ。その瀬戸際、教会で聖母マリア像に訴える。悲しみをこめたキクの訴えに聖母像も涙を流し、「あなたは少しも汚れていません。なぜならあなたが他の男たちに体を与えたとしても、それは一人の人のためだったのですもの。その時のあなたの悲しみと、辛さとが、すべてを清らかにしたのです」。おとぎ話のような美しさだと思ったが、涙を流す聖母像の下りには読んでいた自分も泣いた。
暗い洞窟はこうした信徒たちの悲しみ、苦しみを呑み込んで、救われることをひたすら祈る場であったという。信じるということの力強さと美しさを思った。「神とそして神を信じる人たちのため晩年を仕えたい」と語る加藤牧師さんの言葉が浮かんできた。
再び聖書を手にしてみようかと山道を下りながら考えたが、凡人の悲しさ。聖書に書かれている言葉よりもいまどう生きるかを見つけることが先決だと、迷いが心を支配した。前回の「こちら編集室『収入への道』」では多くの読者に心配をかけてしまった。一人で取り組んでいる新聞。時には弱音を吐くことを許されたい。そして10月23日。「秋田県南日々新聞」はアクセス数5万人を記録。併せてお礼を述べたい。