柳千賀子さんの「シンガポール体験記(25)W杯サッカー観戦」
(97・11・18)
今回の体験記は、行ってきましたラーキン・スタジアム。 「日本代表・悲願のW杯初出場おめでとう!!」です。
サッカーの日本代表がW杯のアジア予選でいいところまで いっている話は聞いていたものの、 あまり新聞も読んでいなくて、どこまで勝ち進んでいるかも わからなかったし、 4年前のあの悲劇を思い出し、「今度は行けるといいなぁ〜」 ぐらいにしか思っていなかったんです。
11月10日月曜日、テニスのレッスンが終わった後、一緒にレッスンを 受けている、コズエちゃんとアッコちゃんが、 「ジョホールで決定戦をやるんだって!!こんな機会はめったに無いんだから 絶対応援に行く!!」と興奮して話をしているのを聞いて、 私は「へ〜、そうなんだ。」と言った程度。 「千賀ちゃんも一緒に応援に行こうよ!」と二人に誘われ、 「あまり良く分からないけど・・・ヨシッ!楽しそうだし、応援したいから 行くよ!」 と、その時から、すごく物好きなにわかサポーターになったわけです。
シンガポールでも、チケットを手に入れるのにけっこう大変だったんです。 私は、コズエちゃんやアッコちゃんにお任せしていて、のほほんと過ごして 居たら、友達のYさんに、「チケットは確保したの?なかなか手に入らない みたいよ。早くチケットの確保をしないと行けないかもよ。」 と言われ、「え?そうなの?」それを聞いてから、私は慌てました。
決定戦をジョホール・バルでやると決まった瞬間から、シンガポールの 日系の旅行会社では、応援ツアーを募集していて、私たちがそれに 気が付いたときは、すでに募集を締め切っていて、おまけに200人待ち。 コズエちゃんがウエイティングリストに名前を載せたものの、見込みなし。 ご主人達も、あちらこちらに問い合わせたりして、チケット確保大作戦 が始まったわけです。
私の友達ほとんどが行くということで、3・4日はチケットの話や、 W杯決定戦の話でもちきりでした。 友達は、インターネットの掲示板に情報提供をして欲しいと載せたら、 友達が知りたい事よりも、日本から「情報が散乱していて、ハッキリした ことがわからないので教えて欲しい。」と逆に問い合わせが殺到し、 友達は、親切に一人一人にメールで情報提供をしたらしく、 かなり疲れたらしい。
前日まで、チケットの確保にはてこずりました。が、なんのことはない、 けっこうキャンセルもでて、今までのあの騒ぎや苦労は何だったの? と気が抜けてしまう程でした。
私は、チケットを確保する事に気をとられ、日本代表のメンバーも 良く分からず、対戦相手も前日まで知らなかったんです。 夫が出張から帰ってきて、「対戦相手はどこだっけ?」と聞くので、 自信を持って「カザフスタンでしょ。」と言ったら、「バ〜カ」と一言。 ロペスという帰化した選手の事なんか全然知らなかったし、 当然武田は入っていると思っていたり、もちろん来年W杯がフランス で開催されることも知るはずはなく、本当にトンチンカンだったんです。
友達には爆笑され、夫には「止めた方が良いんじゃないの。」と 呆れられたけど、チケットも手に入り、友達から基本的な情報は聞いたし、 気持ちは誰にも負けないサポーターになっているので、 もう行くしかない。
そんなこんなで決定戦当日。午後1時半にアッコちゃん宅の車に乗せてもらい 出発。ところが、その日に限って車のエアコンが故障し、汗だく状態。
シンガポールとジョホール・バルを結ぶ国境の橋コーズウェイが大渋滞 になるという噂を聞いていたので、決死の覚悟をして行ったわけです。 シンガポールのイミグレはすんなり通り過ぎ、コーズウェイにさしかかった ところで渋滞にはまり、うんざり。 大型専用の車線は、日本人のサポーター達を乗せたバスが何台も通り過ぎ、 おまけにみんな青のユニホームを着ているし、コーズウェイを歩いている 日本人の若い子達を見て(確かに歩いて渡った方が早かったし、涼しかった かも・・) 暑さでグッタリしつつも、ワクワクせずにはいられない状態。
ジョホール・バルのイミグレを通ったら、おもいのほか、ジョホール・バル の街中はスイスイ走りぬける事が出来て、ホッと一安心。 知り合いの方にチケットを渡すため、ホテルまで行きました。 3時半ぐらいから雷を伴うどしゃ降りになり、ホテルで雨のやむのを 待つことになりました。そこのホテルも日本人だらけ。
開場は6時半からなのに、お昼の12時ぐらいからスタジアムの前に 並んでいるらしいという話が聞こえてきて、みんな早くスタジアムに 行きたくて、気持ちは焦るものの、タクシーは来ないし、ホテルを 出たくても出れない。 「キックオフの9時まではやむといいけど・・・」と不安顔。
マレーシアは今雨季なので、夜の方が雨の降る確立が少ない ということで、9時からの試合開始になったらしい。
1時間ほどで雨はあがり、再び私たちは車でスタジアムの近くまで 行きました。運良くホテルの駐車場にすんなり止める事ができました。
スタジアムに行くと、スゴイ人だかり。ここは日本じゃないかと思って しまうほど。私たちが並んだ行列の後ろに、鹿児島から修学旅行で 来ていた高校生の団体がいたんです。思い出深い修学旅行で、 W杯決定戦を応援出来るなんて、なんとまぁラッキーなんでしょう! TVの取材なんかも受けちゃったりして。 ただ残念な事に、前半だけ応援して帰ることになり、あの決定的な 瞬間を見る事が出来ず、かなり心残りだったはずです。
私たちは、ゴール真横のスタンドに陣取りました。だから、後半の 城のゴールを目の前で見る事が出来たんです。 TV中継のカメラがあるスタンドの向かい側だったので、豆粒ぐらいに私の 姿が写っていたかも・・・・・
「試合が始まるまで時間があるし、腹ごしらえをしてUNOでもやるか。」 なんて、のんきなことを言っていたら、会場に入るや否や、 応援合戦で盛り上がっていて、UNOをやる暇なんてなかったし、 やっていたら、かなりのひんしゅく者。「何しに来たぁ!!」と怒られたかも。
レイボーブルー作戦を知っていたので、私もブルーのTシャツを着て、 ブルーの帽子をかぶり、その上に「日本」と書いた白のハチマキをして、 ブルーの団扇と、日本から来たサポーターの方から頂いた水色の ごみ袋を持って、試合が始まる前から大声で応援練習をしたんです。 もちろん、ウエーブもバッチリ参加して。 大きな「どらえもん」の旗がまわってきたり、にわかサポーターの くせに、すごく興奮して、みんなと一体になりたくて必死でした。
スタジアムは、日本の国立競技場の半分くらいの大きさ。ぐるりと 日本の応援団で埋め尽くされ、10分の1程度イランの応援団が陣取って いました。前半は空席があったのですが、後半から延長戦にかけて、 スタジアムは超満員になりました。
スタジアムの外では、お弁当や飲み物の屋台がたくさん出ていたし、 Tシャツや応援グッズを販売していたり、日本と変わりなく見かけました。 トイレは、数が少なかったのか長蛇の列で、男性用トイレにまで、 女性が並んでいたそうで、一苦労だったらしい。
さてさて、試合開始。プレイをしている選手の姿がおもいのほか 良く見えるのには大感激。背番号とネームがしっかり読み取れるので、 名前を叫びながら、燃えに燃えて応援したわけです。 前半の日本チームのゴールが決まったときは、飛び跳ねながら大喜び。 でも、目の前のゴールからしたら、反対方向のゴールだったので、 「今誰が決めたの〜?」みんな「?」 ハーフタイムになったとき、遅れ馳せながら、中山がゴールした事を 知り、私のまわりのサポーター達は、再び「ウォー!!」と盛り上がっ たわけです。
後半、城とロペスが交代して入ったら流れがガラリと変わって、 日本チームが押せ押せムード。再三シュートをするものの、なかなか 決まらず、目の前のゴールにいつ入るのかと、ワクワク、ドキドキ、 前半よりも応援に力が入りました。 城のシュートが決まったときには、「キャーッ!!」 それはそれは、前半のゴールが決まったとき以上に大喜び。 コズエちゃんは失神しそうになるし、私はもう城が愛しくて愛しくて。 サポーター全員がそう思った事でしょう。
延長戦の後半、岡野がゴールを決めたときには、みんな抱き合って 喜びました。にわかサポーターのくせに、嬉しくて嬉しくて涙が・・・・・。 「おめでとう!お疲れさまぁ!」と心の底から叫びました。 とにかく良く走ったと思うんです。人間は、大きな目標を持って死ぬ気で 頑張れば達成出来るという事を(大袈裟かも知れないけど)証明してくれ たような気がするんです。 本当にいい試合を見せてもらい、感激しました。
中山や川口がスタンドの方まで来てくれたり、城が深々とスタンド側に おじぎをしてくれて、その姿にまたまた涙が・・・・。
わりと長い時間余韻に浸っていました。選手が引き上げていくのを 見送ってスタジアムを出ました。
夜中の12時半ぐらいに駐車場を出発。 噂では、帰りも大渋滞で何時に家に帰れるか予測がつかないとまで 言われていたのに、ジョホール・バルのイミグレでちょっと渋滞が あったけれど、コーズウェイは、行きは1時間近くかかって渡ったのに、 なんとものの1分ぐらいで渡りきってしまい、シンガポールのイミグレも スムーズに通り過ぎ、1時間ちょっとで帰ってこれました。
日本から応援に来たサポーターの中には、きっと大変なおもいをして 帰られた方もいるのではないでしょうか。コーズウェイを歩いて渡って いる人を何人か見掛けたので。
もし、二人に誘われていなかったら、選手とサポーターが一つに なったあの感激・感覚を体験出来なかったと思うので、 二組のご夫婦には、本当に感謝しています。
来年はフランス。あの感激をもう一度体験するためにも サポーターを返上して情報収集をし、応援に行けるように、 ワールドカップ積み立てをすることにします。