秋田市在住、フリーライター・加藤隆悦さんの

「みちのく温泉ブラリ旅」

「夏の火遊び、冬の湯遊び」(97・11・24)

 今の時代、季節のうつろいを知らせてくれるのは、テレビであったりする。  まだ日差しに夏の名残が残っているというのに、いきなりスタッドレスタイヤ の CMが流れ始めたりして、「どうしてそんなにせかすのよ」、と気忙しい気持ちに なる。  ぼくはまだ、社員旅行で行った北の海で、岩場を越えられないでいた女の子に 手を添えた、あの晩夏の彼女の手の柔らかさの余韻に浸っていたい気分なのに …。

 食べ物に「旬」があるように、温泉というものにも「旬」があるようだ。 それは、ゴールデンウィークと夏休みと紅葉シーズンにやってくる。 青森県奥入瀬渓流の近くにある昔からの温泉旅館「蔦温泉」に9月頃出向き、 帳場で主人に話を聞いていた最中、ひっきりなしに電話が入ってくる。 紅葉期の宿泊の問い合わせだ。その頃は既に予約が満杯で、何十本何百本の 電話はすべて徒労に終わる。通信資源の無駄だ。宿の人も、益のない作業に終わ れて 気の毒なことだ。  蔦温泉の主人は言う。  「奥入瀬が一番美しいのは、ゴールデンウィーク後から夏休み前までの新緑の 頃なのに、 その頃に訪れたいという人は不思議に少ない。宿も空いていて心底くつろぐには もってこいの季節なのに」…と。

 蔦温泉のもう一つの裏「旬」は、まさしく厳寒の季節だ。  この宿は、数年前までは冬場は休業していたのだけれど、暖房設備の整った新 館が出来て 通年で営業するようになった。秋田からだと発荷峠、奥入瀬を経て、青森からだ と十和田市から 入るルートに限定され、凍結した道を走る心許なさの先に、一軒宿の蔦温泉が忽 然と現われる。  木造りの古風な浴室は、源泉の上に直接建てられていて、湯船に浸かると、透 明な湯の 足元の板組みのすき間から時折プクプクと小さなあぶくが上がってくる。  この湯がまたかなり熱め。外の寒気で冷凍しかかった肉体が一瞬にして解凍さ れていく思いだ。  リゾート色が強い今風の温泉ホテルとは違うから、ゲームコーナーとかカラオ ケとかが あるわけではない。山の中だから下駄をつっかけて土産物屋を冷やかして歩くと いうわけにも いかない。  こんな季節にこんな宿に泊まるのには、「連れ」は重要な要素だ。話しをすれ ば話しにつきあい、 放っておけば勝手になんかやっててくれる、そんなツーカーの間柄がいい。  そんな間柄であれば、「同一戸籍内」でも「戸籍外」でも構わないのだけれど も…。  そんな真冬の温泉旅に憧れつつ、夢かなわぬうちに、たぶん、もうすぐ雛人形 のCMが 流れたりするのだろう。

加藤隆悦氏=秋田県二ツ井町生まれ秋田市在住 43歳 映像プロダクション勤務の傍ら、フリーライターフリーカメラマンとして 取材執筆活動も行っている。 現在はインターネットでの情報ビジネス展開も模索中。 kato@coral.ocn.ne.jp http://www.sm.rim.or.jp/~kato/