こちら編集室「県南日々1周年に感謝して」(97・12・1)

 伊藤さん、ともかく12月1日から立ち上げてみましょうよ」。昨年の11月20日過ぎだった。「秋田県南日々新聞」の発行に全面的に協力して下さった「たざわこ芸術村・DigitalArtFactory」のチーフディレクター・長瀬一男氏が好意的な笑顔を浮かべながら、新聞発行の日付を決めたのは─。そばにはチーフエンジニアの海賀孝明氏、グラフィックデザイナーの高橋成人氏、県仙北地方部商工観光担当の成田秀氏がいた。

 発行当日に刻まれたアクセス数は、関連した自分たちが紙面を確認する度に刻まれる数字だけが伸びていくだけだった。それが翌日になったら70人目のお客さんとなり、3日には120数人もの数字が刻まれていた。ドキドキするような毎日だった。昨年の記録を見ると12月16日で973人目のアクセスとなり、1日平均60人という歩みだった。そして17日、遂に1000人という数字を超えた。

 本当に自分は新聞という武器を手にしたんだと毎日、小躍りするような気分で歩いた。だれにも気兼ねなく、自由に書ける新聞がインターネットという最新の情報機器で発行できるんだと、浮ついた毎日だった。でも、メディアという手段を手にしても読む人が悲しい思いや、辛い思いをするようなニュースは書きたくないし、また、そのような事件は起きて欲しくないとも思った。一方では、新聞記者という職業柄から身についた体質は、「どこよりも早くニュースが流せる。事件があったらな」という、いつしか他人の不幸を望む嫌らしさが片隅にあったことも事実だ。

 幸いにもと言うのは変だが、大きな事件は南外村の村会議員の強盗事件一件で今年はどうやら終わりそうだ。そう願いたいし、家族を不幸のどん底に巻き込んだこの事件は出来るだけ触れないことにした。 毎日、記事を書いていて最も辛かったのは新聞を発行してまだ間もない最初の3カ月間だった。記事を書くのは当たり前のことだからいいが、書き終えた記事をインターネット上で編集するという作業が恐かったのである。一本仕上げても、これを紙面に取り込んで、さらに電送するまで1時間以上もかかった毎日だった。基礎となっている紙面の文字が消えてしまわないか。壊れてしまわないか。失敗が恐くて、ネットスケープゴールドを画面に呼び出す度に指先がふるえた。何度もパニックを引き起しては、デジタルアートの海賀さんに電話をかけて泣き込んだ。

 不慣れさも手伝って、ようやく新しいニュースを入れ込んで、ホッとしたときは夜7時を過ぎていることも何度かあった。仕事場は市役所の「記者室」である。ほとんどの職員が退庁し、当直のおじさんが懐中電灯を手に庁内を見回る姿に頭を下げ、電気が消えた真っ暗な庁内を手探りで帰る時は、「何でこんな苦労を買ってしまったのか」と後悔し、空しさと孤独感、自己嫌悪に陥ったこともあった。それを見計らったかのようにタイミング良く入ってきたのが読者からのメールであった。 大阪の森元さんやシンガポールの柳千賀子さん、ハワイのジュディさん、そしてカリフォルニアの岩間郁夫さん、アラスカの木村悦子さんなどである。

 初めて海外からのメールを頂いたときは、嬉しくて市役所内をクマのようにはいずり回った。メールをプリントしては「ほらっ。アメリカの方からまでメールをいただいたぜ」。子供のように素直に喜べる自分は、インターネットに触れたこともない市職員を相手に自慢し回った。仕方なく応対する市職員にとっては迷惑しごくな時間だったろう。思い出すと赤面の至りだが、性格はいつまで経っても変わらない。

 こうして迎えた1年である。「秋田県南日々」はこれからどう変わるだろうか。いまだに取材記者一人、原稿書きも一人、編集も一人、そして資金ゼロという現状では変わりたくても変わりようがない。ただ、今朝の段階でアクセス数が5万6000人を超えた数字の重みには大きな責任を感じる。どこかで、だれかが、この新聞に掲載されるニュースを待っていることは事実だから。期待されていることは事実だから。そしてシンガポールの柳さん、アメリカの岩間さん、イギリスの袴田さん、さらに最近ではホットな温泉巡りの歳時記を書いて下さるという秋田市の加藤隆悦さんが「県南日々」の新たな書き手として参加して下さった。一人で始めた「県南日々」という新聞はこうした多くの協力者に支えられている。

 最近、読者から直接、「県南日々」の表紙の文章や「こちら編集室」の内容が「読ませる内容でいいけど、何か切実さを感じますね」と言われた。女性の読者からも「今回のこちら編集室の『神の言葉』の愛について、とても感動させられました。でも何か変!」とまで言われた。女性読者はさらに軽くにらんだ。「ええ。恋してるかもしれません。はかない恋です」。記者はさも悲しい声音をつくって答えた。「まあ。失楽園ですか」。女性は複雑な表情を浮かべて、そして笑った。喜怒哀楽が激しい自分は書くものにもすぐ、感情が表れる。手を差し伸べてくれる優しい人が欲しいとどこかで願っている。