こちら編集室「秋田美人」(98・2・18)

 何だかんだと気ぜわしい1週間だった。西木村の紙風船挙げを追ったり、湯沢市の犬っこ祭りを訪ねたりと秋田の冬の行事に追われた。そして夜の取材でお酒を飲む機会も多かった。とにかく一日一日が、ふと気がついたら終わっていた。時の流れが早くなったのか、それとも自分にそれだけ余裕がなくなったのか。2月に入ってから、何か急に時間が目まぐるしく過ぎ去っていくような気がする。

 昨日17日もそうだった。朝一番に大曲市花館の川を渡るぼんでんの取材に出かけた。川沿いでぼんでんを待つこと2時間近く。立ち並ぶカメラマンと「来ないね。来ないね」とぼやきながら、頭の中では市が発表した98年度一般会計予算をどうまとめるかを考えていた。考えながら、「こんな余裕のない日々でいいだろうか」と常に何かに追われているような自分を思った。

 ぼんでんが川を渡る雄物川の岸辺では地元の人たちがテントを張り、観光客やカメラマンのため に「甘酒」やソバを用意してサービスに興じていた。その中にいかにも秋田美人と思わせる二人のご婦人がいた。年齢は30代か。「あまいこあがってたんせ」。甘酒を「あまいこ」と呼んだ二人の笑顔に気を取られた。まったくのボランティアなのにその二人は、「ぼんでんを見に来てくれたお客さんに、来て良かったと思ってもらいたいから」とこちらの質問に答えた。

 その二人に70代のご婦人二人が「秋田美人ですね」と言いながら、盛んにカメラを向けて写真を撮り始めた。聞くと名古屋から秋田の冬祭りを撮りに来たのだという。朝日新聞社がバックアップする「全日本写真連盟」の会員で、今回は38人がツアーを組んで秋田の祭りを撮り歩いている のだという。

 「カメラはいいですね。カメラを持つと、人の行けない所へも行けるでしょう。北海道にも行って来たし、とにかくいろんな所を旅する楽しみが沸いて来ますから」。ご婦人は人懐っこい笑顔を見せて愛用のカメラを手にした。真っ黒い大きな犬を連れて見学にきた小学生の女の子もいた。二人の婦人はめざとくその少女を見つけてはカメラを構え、「お嬢さん。写真撮らせてね」と盛んにシャッターを切り始めた。女の子もモデル気分で大きな犬にまたがった。

 しばらくするとその婦人カメラマンが一人の男性の手を引いて「先生。この方です。地元の新聞社の方は」と連れて来た。名刺を交換しながら、秋田の祭りや写真のことを語り合った。朝日新聞名古屋本社勤務で、全日写連中部本部の事務局長・垣内博さんだった。

 「秋田の冬の祭りはいいですね。男鹿のなまはげ、湯沢の犬っこ祭り、横手のかまくら、そしてこの川を渡るぼんでん。どれも素朴で華美さがない」と目を細め、「新幹線の開業で、これらの行事が在り来りの観光行事にならないことを祈りたい」と語りながら、「最近は高齢の方が写真を趣味にするようになってきたんです」と言う。

 「昔だったら、露出がどうの、絞りをどうするとか結構、面倒な操作が必要でしたけど、いまはシャッターを押すだけでだれでも写真を撮れる。お年寄りでも楽しめる時代になったんです」とのことだった。「いいものでしょう。こうした高齢の方が、カメラを手に元気に国内のあちこちを旅して歩くなんて」。垣内さんはこちらで問わなくても語り始めた。

 やがて「ヴォー、ヴォー」とほら貝の音、そして「きょうーわなー」のぼんでん唄が聞こえ、色とりどりのぼんでんが遠くから見えて来た。「ジョヤサー、ジョヤサー」の掛け声と共に若者の担ぐぼんでんは近づいて来た。

 「あっ。来た。来た。先生。ぼんでんですよ」。70代のご婦人ははしゃぎながら岸辺に陣を取った。こちらもその姿を追って、岸辺に立った。

 「写真と旅の思い出は冥土へのおみやげよ」とも言った名古屋の元気なご婦人はいい写真を撮れただろうか。デジタルカメラをぼんでんに向けながら二人の婦人カメラマンを思った。そして、この婦人たちに嫌な顔一つも見せず、ニコニコとモデルに応じていた大曲市の秋田美人もいいナと思った。女の人の心からの優しい笑顔はともかく人の心を温かくさせる。垣内さんが言う「秋田の冬はいいですね」の言葉は、二人の秋田美人が言った「折角、来てもらったのだから気分良くお帰りになってもらいたかった」の言葉とも重なると思った。

 大曲市は秋田新幹線開業に合わせ数年前から「観光ホスピタリティー事業」に取り組んでいる。県外客を心からもてなす風土の育成である。「心でもてなすことを勉強してもらいたい」と市主催の講演には市内のクラブやスナックのママさんたちも招かれて、何度か勉強している。しかし、こちらが酔っていたせいか、あるいは運が悪かったせいか、こちらがもてなされるよりも逆に気を使って相手の女性をもてなして来た思いしか最近は無い。

 それだけに寒い川岸で出会った二人の秋田美人の笑顔は良かった。市のねらうホスピタリティー事業はわざわざ講師を招いて勉強会を開かなくても、自然に育っているんだと思った。持てなす側の心の問題であるとも思った。