こちら編集室「タイタニック」(98・3・24)                    

 映画「タイタニック」を観た。観て感じたことは映画を生み出したお国だけにアメリカの人たちはさすが映画を良く知っていると言うことだった。人間はどんな時に悲しみ、どんなことに喜び、どんなときに笑い、感動するかという心の襞(ひだ)というか、感情の機微を良く知っていると思った。                                         

 映画を観に行ったのは日曜日の午後だった。いつもそうだが、座席は多分、がら空きだろうとのんびりと構えて入場券を買ったのだが、館内に入ってあわてた。ほとんどの座席が観客で埋まっていて、空いた席を探すのに躍起とならなければならないほどだったから。最期には立ち見席のお客さんまでいた。話題作とあって、ぜひ観てみようと駆けつけたのだろう。こんなに人があふれる光景を大曲市内の映画館で見たのは随分、久しぶりだった。                  

 観ていてさらに新鮮な感動を覚えたのは脚本というか、ストーリーの斬新さである。それまではタイタニックというものはどれほどの豪華客船であったかを画面で飽きるほど紹介し、そして乗り込む乗客の数々のドラマを味付けの素材とし、最期には氷山と衝突、一大パニックの中で多くの人間が海の藻屑となって消えていくのだろうとストーリーを自分で描き、それを自分の目で確認するだけのもと思っていたからだ。いわばこれまでに観たパニック映画の再現と勝手に決めつけていたのである。                                       

 ところが巨大な船体が映し出されたのは映画の始まりの一瞬だけで、後は特殊潜行艇によってタイタニックの眠る3776メートルの海底へと映画は観客を案内していくのである。最初は意味も分からず、85年前の事故なのになぜ現代へ?と疑問に感じ、タイタニックと言うよりもジェー ムズ・ボンドでも登場するスパイ映画でもやるのかとさえ思った。そうこうするうちに画面は海底に眠る巨大船体を捉え、本物のタイタニックであることを教える。              

 特殊潜行艇は船体の中まで入り込み、一等船室の中から金庫を見つける。ロボットアームが伸びて金庫をつかむ。そして海上へ引き上げる。その金庫を引き上げた冒険家たちは金庫の中に隠されている秘宝に期待し、「これで大金持ちになれる」と喜ぶのだが、金庫の中から出てきたのは単なる一枚の絵。胸に大きなダイヤモンドを飾った美しい少女の絵だけだったのである。がっかりする冒険家たち。一方、その様子を撮影していたテレビ局ではそのニュースを世界に向けて流す。スクリーンを見つめながら、この映画はいったい、いつになったらタイタニックの昔へ帰るのだろうとさえ思った。そして突如、登場する102歳の老女。その老女が、テレビが伝えるタイタニックの金庫から見つかった一枚の少女の絵を見つめ、えも言われぬ感動の表情をつくり出す。       

 そして冒険家たちの乗っている船へ老女はリコプターで飛んで来る。彼女こそ85年前に沈んだタイタニックの生存者であり、絵のモデルであったのである。そして沈没時の様子、絵にまつわる思い出を語りだすという設定なのである。                         

 それにしても画面いっぱいに映されるタイタニックの大きさは目を見張るものがあった。映画では実際にその船をタイタニックと同じ大きさで復元したという。全長236メートル。まるで山が動くような雄姿であり、それでいて美しい。そのうえ、石炭を動力に巨大なスクリューを回すエンジン室まで映画はリアルに再現し、その迫力に圧倒される。                 

 記録によると1912年4月14日午後11時40分、ニューヨークに向かう途中にタイタニック号は北大西洋上で氷山に衝突し、15日午前2時20分過ぎに沈没したという。乗客、乗員合わせて2223人のうち、1517人が犠牲となる大惨事となった。映画でのタイタニックはレオナルド・ディカプリオ演じる「ジャック」とケイト・ウインスレット演じる「ローズ」という二人のラブストーリーを現代によみがえらせた。                         

 もしもこれまで観た「大空港」や「タワーリング・イン・フェルノ」のように様々な人間ドラマを紹介してのパニック映画なら、3時間という大作は途中で飽きていたのではないかとさえ思う。資産家の婚約者に不満を持ちながらも実家を守るためにいわば身売り同然の立場となってアメリカへ渡る「ローズ」。一方では貧しい青年画家ながらも人生の未来に夢をかけてアメリカへ渡る「ジ ャック」。                                       

 世をはかなんでタイタニックから海へ飛び込もうとする「ローズ」を「君が海へ沈みたいとするなら、僕も一緒に沈んでやるよ」と名セリフを言って救う。この二人の出会いがタイタニックの悲劇をより一層、ドラマチックに盛り上げた。執拗にローズを追う資産家の青年。必死で船内を逃げ回るローズとジャック。沈没しようとするタイタニックは津波のような水圧を伴って逃げる二人や逃げ後れた人々を襲う。そして救命ボートに乗ることが出来たのに、ジャックを救いたさに再び沈み行こうとするタイタニックに戻り、「一緒に海に沈もうと言ったじゃない」と泣きむせぶローズの美しさとその後の沈没までのタイタニックと海との狂乱は圧倒されるばかりだった。胸が締め付けられるような3時間があっという間に過ぎ去っていた。                          

 見終わった瞬間、フーと大きなため息が、思わず出た。そして思った。アメリカの底力のすごさを。そして思い出したのが「風と共に去りぬ」である。この映画を観た時もアメリカ映画のすごさと人間の強さ、美しさ、身勝手さなどさまざまな事を教えられた。教えられたと同時にその映画が製作された年代にさらに驚いた。アメリカで上映されたのが1939年だったからである。39年と言えば昭和14年である。日本では軍部が政治を動かし、「戦争だ。断乎、アメリカと戦争をやるべし」と吠え立てていたころである。                          

 もしもこの「風と共に去りぬ」を当時の陸軍軍人が観ていたら、アメリカという国の文化に恐れ戦(おのの)き、到底、戦争をやろうなんて無茶な事は言えなかったのではないか。戦時中、南方の島でアメリカ軍の捕虜となった日本兵の多くが感じたのはその機械力のすごさだったという。中でも飛行場を造る際に日本兵はそれまでスコップとつるはしを手に何カ月もの時間をかけてようやく完成させていたというのに、米軍は既にブルドーザーという機械を持っていてわずか数日のうちに飛行機を飛ばせる状態にした。その余りにも大きな格差を目にした日本兵は「日本が負けるのも当然」と愕然と首をうなだれたとの話しを聞く。                        

 今またタイタニックを観て思ったのはアメリカと戦争とかではなく、とにかくそのような映画を作る力とエネルギーを持ったアメリカの偉大さにただただ頭が下がる思いだと言うことだ。映画のすばらしさも教えられた。このような映画をつくり出すアメリカの人たちに感謝したいくらいだ。

 いま、この時代はすばらしい。相手の文化を知るということが本当に簡単になってきたから。映画と同時にインターネットを使うことによって世界の文化を学ぶことが出来るから。