こちら編集室「春の出会い」(98・4・20)
静岡の読者から一冊の本が「秋田県南日々新聞」宛で大曲市役所へ送られてきた。「童謡詩人・金子みすゞの宇宙―みんなちがって、みんないい。 ―」である。焼津市の長谷川雅美さんからだった。長谷川さんを初めて知ったのはわらび座のホームページからである。昨年の秋、私は親類の娘が教会で挙行した結婚式に参列した思い出をケンニチのこちら編集室に「神の言葉から」と題して拙文を書いた。
書いてからしばらくして「きたうら花ねっと」事務局に電話を入れたら、「伊藤さんの県南日々がとても話題になってますよ」と事務局の女の子が教えてくれた。何のことかなと首を傾げたが、「うちのホームページなの。わらび座の。そこの交換日記の中でみんなが『県南日々では、こうだよ。ああだよ』って話題にしているんです」という。
そのころインターネットでの「掲示板」というものの意味がよく分からずにいた。これは現在でもそうだが、県南日々の運営が精一杯なこともあって、よそのホームページを訪ねる余裕もなかった。とにかく、わらび座のホームページを訪ねた。「交換日記」を開いて、なんとも言えぬ感動を受けた。これまで「こちら編集室」に関しては、メールで直接、感想を寄せられることはあったが数が少ないだけに闇の中に礫(つぶて)を放り込んでいるような虚しさだった。
それが別世界で注目され、静岡の長谷川さんや広島の読者などが侃々諤々(かんかんがくがく) と「こちら編集室」をめぐって話題にしているのである。この時、初めて自分が何気なく書いている文章でも多くの人が目を通してくれていることを知り、怖さと同時に大きなプレッシャーを抱えてしまった。同時に県南日々にはそれだけファンも増えているんだという嬉しさもわいた。
そしてわらび座内の「デジタル・アート・ファクトリー」の海賀孝明さんの勧めで、県南日々にも「読者の広場」が設けられ、新しい交流の場が広がった。長谷川さんとはわらび座のページと県南日々の「読者の広場」を通じてしか交流はないが、書き込んで来る文章から感じるのはとても チャーミングな印象であった。
その長谷川さんが「秋田へ行きます」と「読者の広場」を通じて書き込み、17日昼前に大曲市役所を訪ねて来てくれた。もう一人の友だちを同乗させての遠い焼津市からの旅であった。同日午前3時に焼津市を車で出発。自動車道を8時間連続、駆けるに駆けて秋田を目指したという。市長公室から記者室へ「お客さまです」との連絡があった時は「ああ。着いたか」と何ともいえぬ安堵感と喜びが沸いて来た。「友、遠方より来る」の感激であった。
初めての出会い。あふれんばかりの笑顔。親類以上の親近感。お互い「初めまして」と言いながらも、もう何年も前からの知己とでも言えた。冗談も飛び、遠慮という垣根はなかった。「ああ。この人が長谷川さん」。心のなかでつぶやくと、あとは嬉しさだけだった。
ちょうど、大曲市役所前は桜が満開だった。長谷川さんは「秋田は桜も水仙も、それにモクレンもみんな一斉に花が開くのですね。ステキ!」とはしゃいだ。「秋田で青春したい」の願望を胸に焼津市から走って来た長谷川さんの笑顔はまさに童顔そのものだった。そして市役所2階の記者室に案内すると「ああ。これがテレビで見た記者室ね。そしてここがいつも作業している机」。長谷川さんの目はあっちへこっちへと飛んだ。
「よし。今日はこの人たちのために一日をつぶそう」。県南日々のための取材行動は、午前10時ごろ携帯電話に入った長谷川さんからの「いま胆沢にいます。これから秋田へ入りますから」というテノールの響きを聞いた瞬間、雲散霧消していた。金子みすゞの本を届け、焼津市の桜の絵はがきを届け、常に県南日々の応援してくれる長谷川さんである。仕事よりも、何よりもそちらの方を優先したかった。
そしてお会いした長谷川さんは、想像通りのチャーミングでとても元気なご婦人だった。ご本人は焼津市で塾の講師をやっていて、主人は漁師だという。さすが漁師の奥さんである。話をしていてもゴム鞠が弾けるようで、とても生きがいいのだ。西木村のカタクリの群生を見たいという長谷川さんたちを車に乗せて案内した。車中、長谷川さんは友人の女性と話をしながら、「県南日々の 伊藤さんはね。普通の新聞では見せない心を見せてくれるのよ」とテノールを響かせた。さらに長谷川さんは自分が過去に書いた「こちら編集室」の中から気に入った文章をノートに記していて、自慢するように友人にお披露目をしていた。
カタクリ園では紫色に染まった山の斜面を愛でるように歩き、「ああ。秋田に来て良かった。伊藤さんに会えて良かった」とはしゃいだ。そして県南日々の記事で知ったという西木村の浅利酒店を訪ねたいとの要望に応えて案内した。運良く店には久美子さんがいてくれた。おまけに本紙の協力記者で浅利酒店のホームページを技術的に支援してくれている阿部輝忠さんまでが店にいた。二人は静岡から来てくれたという長谷川さんに感激し、ずーっと前からの知り合いのように打ち解けてはしゃいだ。「インターネットって、不思議!。もうどうしてこんなに気持ちがオープンになれるんだろう」。お互い初めて顔を合わせたグループである。なのにその場の5人は、心底オープンになれる「心の不思議さ」を思った。そして人の温もりに感動した。
車中、長谷川さんと言葉を交わしながら、長谷川さんから送って頂いた「金子みすゞ」の詩を思い出していた。「私が両手をひろげても、お空はちっとも飛べないが、飛べる小鳥は私のように、地面(じべた)を速くは走れない。私がからだをゆすっても、きれいな音は出ないけど、あの鳴る鈴は私のようにたくさんな唄は知らないよ。鈴と、小鳥と、それから私、みんなちがって、みんないい」。
自分は長谷川さんともまた彼女の友人とも、そして久美子さんとも阿部さんとも生活も住んでいる所もみんな違う。でもみんな違っていても「みんないい」。心の中でそう叫びたかった。19日午後、記者室で長谷川さんたちを思い出しながら半日を過ごした。
外は桜が満開となり、水仙、れんぎょ、モクレン、コブシがまるで申し合わせたように一斉に咲いている。「秋田は花が一斉に咲くんですね」。花に感激しながら長谷川さんたちは無事、焼津に帰っただろうか。
県南日々を立ち上げてから、いろんな人の交流があった。昨年12月にはアラスカからご夫婦が訪ねて来た。そして1月にはイギリスで働いている秋田市出身の青年が。秋田市の読者とも交流が生まれた。そして今度は長谷川さんである。こうした交流は大事にしたい。