こちら編集室「言葉」(98・4・29)
仕事がら言葉には気をつけているつもりである。特に読者からメールを頂いたときには相手をいたわることに特に配慮しているつもりである。そうしてメールの交換を通じて親しくなった方がいるが、ある日から突然、メールが途絶えたときはひどく気になる。自分の書いた文章のどこかに相手の心を傷つける言い回しがあったのだろうかと。送ったメールを何度も読み直して、確認する。分からない。が、ともかくメールが途絶えることになったのにはやはり自分に原因があったことは間違いあるまい。そうした読者の方には心底、謝罪して頭を下げたい。ごめんなさいと。
言葉とは難しいものである。手元にいつも置いている小冊子がある。朝日新聞が記者用に発行した「用語の手びき」である。その最後の方に「難読集」がある。いわゆる読みにくい漢字を並べたものだ。和物(あえもの)、灰汁(あく)、欠伸(あくび)、馬酔木(あせび)、海驢(あしか)、 斑鳩(いかるが)などである。
このような難解な漢字は新聞の場合、多用を避けるのが基本だが、この世の物事の移り変わりや人間の浮き沈みの激しさを言う「有為転変(ういてんぺん)」や成功するかどうかは運任せ、特にたまにしかやらない自分のゴルフの場合のスコアなんかはまさに「運否天賦(うんぷてんぷ)」の世界としか語れない。
譫言。うわごとと読む。今朝の事である。夢の中で何者かに襲われようとしている。とにかく防御しなければならない。だが、手を動かそうとしても金縛りにあったかのように動かない。あまりの恐怖に「ウワーッ」と叫んだようだ。叫ぶと同時に両手が勝手に動きだし、枕元の壁を必死で叩いて目が覚めた。隣のベッドに寝ていた妻が驚いて「あなた!。あなた!」と必死で揺り起こしたのを覚えているが、どんな夢だったのかどうしても思い出せない。思い悩むことはこのごろ重なってはいるが、うわごとを言うほど深刻には悩んでいないつもりだったが…。
この仕事を通じて知り合った大新聞社の記者の中にはとにかくお人好しで、とても温かい人柄の青年もいた。苦労なんてどこ吹く風というか、いつもひょうひょうとして、生きているのが楽しくてしょうがないという青年だった。後で知ったのだがまさに財閥の御曹司で、汗水働かなくても両親の持っている土地を管理しているだけで充分、飯を食って行けるうらやましい生い立ちの青年だった。両親に育てられるというより婆やが遊び相手だったというからまさに「乳母日傘(おんばひがさ)育ち」の青年なのである。青年は他社に記事を抜かれようがどうしようがいとも気にしなかった。ただ、熱心に人の話しに耳を傾け、自分なりの秋田を見つめたいと農家を良く回っていた。
苛斂誅求。かれんちゅうきゅうと読む。最近はあんまりこうしたお役人さんと接することはないが、とにかく威張るのが得意の役人が以前はいた。意味そのものは「人民の側の事情などは無視して、一方的に無理やりと税金を取り立てること」を言うが、相手の事情も考慮に入れず大いばりし て恫喝する役人の態度はまさに「苛斂誅求な姿勢」と言えよう。最近の大蔵省と銀行の関係が、この言葉を象徴していたかもしれない。大いばりで銀行の接待を受けていた大蔵省の役人である。
この言葉を聞いたある市議会議員が「いい言葉を教えてもらった」と大喜びでメモを取り、後で開かれた議会の一般質問で「最近の市職員が窓口で市民と接する態度を見ているとまさに苛斂誅求な態度としか言えない」とのたまわったのには苦笑いするしかなかったが。
狷介。けんかいと読む。つまり頑固物というか、自分の意志をなかなか曲げない人を言う。似たような人に自分の才能や本心を中々、表に出さない人もいて、これを「韜晦(とうかい)な人物」 とも表す。自分はどちらにもなれない。自分の意志なんて豆腐のようにぐにゃぐにゃに曲がり、知識や才能を隠すというよりも常に感情の赴くまま喜びや悲しみを表面に出してしまう。つまり、昔の偉い人が言ったように「失意に泰然たれ、得意に淡然たれ」どころか、失意の時は肩をすぼめて街をオロオロ歩き、得意の時は大いばりで街を闊歩してしまう。心の中に「意馬心猿(いばしんえん)」を住ませているのだ。だから悲しむ。
それにしてもしばらく振りに開いた難読集。その中には「磯馴松(そなれまつ)」という漢字もあった。辞書を調べてみると「海風のために枝、幹が海岸の地面をはうように生えている松」とあった。焼津市にお住まいの長谷川雅美さんは羽衣伝説で有名な「美保の松原」のある清水市の近くにお住まいだ。その伝説の松こそ「磯馴松」だろうか。駿河湾からみる富士山の美しさも語っていた。いつか訪ねてみたい。
「韓信のまたくぐり」と言う言葉がある。中国の史記に登場する漢初の武将である。若いころ友人に「お前は大きな体をして剣をぶら下げているが、内心は臆病だろう。殺せるならその剣で刺してみろ。だめならおれの股(また)をくぐれ」とからかわれた韓信が、だまってその男の股をくぐったことから侮辱に良く耐えたと周りから賛辞され、「韓信匍匐(かんしんほふく)」の熟語になった。いま自分はだれからも侮辱を受けたわけでも、また賛辞を受けたわけでもないが、心の中を吹きすさむものがある。耐えよう。ただそう思っている。4月29日。緑の日。そろそろ新緑萌える5月だ。