こちら編集室「タバコ」(98・7・15)

 タバコを止めようか、と意識しだしてからもう1カ月近くなる。止めるには相当の決心と悪戦苦闘が続くだろうなとも思った。だが、たった半日どころか、朝目覚めてから4時間でものの見事に敗北宣言となってしまった。午前6時に起きて、4時間は我慢したが、イライラソワソワの連続という落ち着きのなさに簡単にタバコを口にしてしまったからである。とは言え、どうにかこうにか朝の目覚めのいっぷくは止めた。同時に朝食後の格別うまいタバコも止めた。ならいっその事、完全禁煙に踏み切ればいいのだが……。

  出勤時、いっそ手にしなければいいものをつい「途中でどうしても吸いたくなったら困るゾ」と毎日、自分に言い訳をしながら、台所と居間を仕切っているカウンターの上のタバコに目をやり、ライター、そしてミニパイプと共に背広のポケットに突っ込んでしまう。

  とにかく朝のタバコを我慢してから3日ほどたって、「どう。最近、車内がタバコ臭くないだろう」と妻に自慢げに言った。「そういえば最近、朝、タバコを吸わないわね」とこちらを見つめ、「いっそのこと止めたら」とトドメを刺された。そうはいかない。本当は吸いたくてしょうがないのだ。

  だが、我慢を重ねても前に書いた通り、10時ごろまでである。イライラ、ソワソワが募ってくる。そうなると意志薄弱な自分はもうだめ。「そろそろいいだろう」「いや。待て。ここまで我慢してきたんだ。もう少し頑張ろう」。タバコをめぐっての葛藤。だが、すぐに負けてしまう。「ここまで我慢したんだ。もういいだろう」。「えい。もう吸っちゃえ」とばかりにマイルドセブンに手をやってしまう。紫煙を目で追いながら、「ああ。吸っちゃった」という敗北感と、「なんてうまいんだろう」という天国の気分を味わう。タバコとは不思議な物だ。もう30年以上もの付き合いだ。縁を切ろうとしても切れない物か。

  タバコを止めようと思った要因は幾つかある。まず市内の病院を訪ねた時だ。待合室の一角に分厚いビニールで包まれた喫煙室が設けられ、喫煙者はそこにたむろしてタバコを吸わなければいけない。その動物の檻(おり)のような一室に閉じ込められた姿を目にしたとき、我々、喫煙者はここまで追い詰められてしまったのかとショックを受けた。その上、最近、市役所でも職員を対象にタバコに関するアンケート調査をした。「とうとう市役所も禁煙に走るのか」と喫煙者の自分はさらに追い詰められた気分で、肩の身をいっそう狭くして取材した。

  このほかにもアメリカの岩間さんから送られてくるエッセーに目を通す度に「喫煙者の自分は生涯、アメリカへは行けないな」と遊びにも行ける経済的余裕もないのに、余計な心配までしてしまった。さらに高価なコンピューター機器を扱っている職場は、全面的に禁煙措置を取っているという話を聞いたことも一因だった。

  とにかくタバコを吸う人間は居所がますます狭まれた昨今を実感したのだ。いっそ止めちゃえ。そう決心したかった。だが、しょせん無理なことを自分に求めても仕方がない。だから、まずは無理をするよりも本数を減らす方向で努力しようと思った。

  以来、確かに本数は減った。いや自信がないから減ったと思ったことにしておこう。とにかく出来るだけタバコを手にするまいと思ったら身勝手なもので他人の吸うタバコが嫌でも目に付く。ある事務所へ取材に行った時だ。ソファに案内され、事務局長を待っていた。その局長さん。座るなりにタバコに火を付けた。プカプカと煙を吐きながら、こちらの問いかけに答える。吸い終わってはまたタバコを口にする。その姿を見ているうちに「この人はまあ、なんてヘビースモーカーなんだろう。タバコ会社の広告塔かい」と勝手に心の中でこき下ろした。おまけに相手に対する同情心まで沸いてきて、「ああ。また一本。おいおい。大丈夫かよ」。相手のことまで心配しだした。

  「こちらはまだ一本も吸ってないのに」。相手のタバコの本数を数え、吸いたいのを我慢しながら見つめていたが、そのうまそうなしぐさについ、こちらもポケットからタバコを取り出してしまった。すると相手もニヤリ。こちらの気持ちを見透かしていたように「お互い止められない物でしょう」。「ハイ」と、再び敗北宣言である。
 
  さて、そのタバコである。止められない悔しさに記者室の書類の山の中に隠したこともあった。目につかないようにしたら、我慢もできるだろうというささやかな抵抗である。隠したといっても自分で隠すのだから、いつだって見つけられるから仕方がない。とにかくタバコとライター、そして灰皿を別々にして机の上から消した。さらに記者室から外に出るときもタバコを持たないようにした。

  こうして福祉事務所や市長公室、農政課、商工観光課などを歩きながら話題を追ってみた。話し相手がいるとなぜか余計にタバコがほしくなる。「ああ。タバコが欲しいな」「なぜ持って来なかったのか」と後悔が沸く。さらに虫のいいことに相手のタバコを吸う姿を見つめては、「タバコを止めようかと努力してるんだ」とさも偉そうに自慢までしてしまった。相手は目を丸くして「無理です。無理はしないほうが。いまさらタバコを止めたって。あと何年生きるつもりなんです。無理な喫煙は百害あって一利なしといいます」。

  変なお説教を聞かされたうえで、タバコケースが差し出された。誘惑には弱い。「なるほど百害あってか。うまいことを言う」。妙に納得しながら、手を出してしまった。そして記者室に帰って原稿を打とうとして思いつく。机の上にタバコがない。「あれっ。タバコは?」。隠したタバコ、ライター、灰皿をきちんと机の上に準備して再びプカプカ。あのタバコを隠す作業はなんのためだったのか。情けない。こうやって毎日、タバコと格闘の昨今である。