姫神公園から見た雄物川の伊藤さんの写真を拝見できたおかげで、懐かしい田舎の田園風景を瞼にしっかりと思い出している。もう25年も前になるが、年若く37歳で亡くなった母の代わりに、長女の私は父と農作業をした。子どもの頃から専業農家の家庭環境だったが、田植えから肥料ふり、稲刈りと年間通して農業に従事したのはこの年がはじめてだった。生来わがままで、なまけ癖のある私だったから、喜んで一生懸命働いたとは言い難いが、それでも自分の植えた苗が稲穂となり、収穫できた時の感動は忘れられない。あのあぜ道のにおい。土のにおい。それが私のここまで来れた人生の原点と思っている。
結婚を契機に渡米した私は、とにかくコンプレックス(劣等感)に随分と悩んだ。ちっとも自分に自信がもてないのである。英語が不十分だったこともあり、英語で話している自分は一体誰なんでしょう。という変な感覚。主人の仕事の関係で海外や、アメリカ国内での会議のレセプションに同伴する機会がよくある。300人から500人の出席者の内、アジア系は10人以下。周りの人たちはみんなとにかく、カッコよく見える。身のこなしというか、マナーというか。最初の頃は、会話相手の速い英語がわからず、不気味なスマイルを浮かべてその場をしのいだことがよくあった。そんな私でも、習慣は力。 前もって新聞などで話題を用意したりと、そういう場を楽しめる余裕が生まれていったが、英語はまだまだ上達が必要である。
人種の融合のためには、お互いの違いを強調するよりも、みんな同じ人間なんだという発想が求められるという。自分が前述のようなコンプレックスで悩んでいた時に、ある新聞記事に心が大きく開かれた。それは、同じ秋田県出身で当時国連事務次長として活躍されていた明石 康さんの記事だった。カンボジアの初の民主選挙が行われた時、赴任地カンボジアの田園風景にご自身の故郷秋田を思われ、この土地の人々の平和のために命を懸けて闘おうとされた明石さん。またその明石さんを心から慕う庶民たちのエピソードに胸を打たれた。海外や世界といっても格好だけ気にしていたってしょうがない。要するに出会う人たちにどういう、いい影響を与えられるかが大事なんだと悟ったのである。明石さんと懇意な方と、その後知り合う機会があり、明石さんの好物の一つが「稲庭うどん」と聞いて、同県者としてホッと嬉しくなった。
ある保険会社の国際マーケティング部長と懇談した折に、おもしろい話を聞いた。ブラジルの市場開拓のために、始めてサンバウロを訪問して帰って来たフレッドに、「現地入りする前にどんな準備をするのか?」と尋ねると、「アメリカとの文化の違いとか、経済状況など一般のことはしっかり勉強するよ」と彼。「でも、僕はこれまで世界どこでも市場開拓のために現地入りする時に必ずすることがあるんだ」と続けるので、「それはどんなこと?」と私。「仕事のアポイントの現地人と会う前に、現地入りしたその日ホテルにチェックインしたら、すぐに街に一人で出てみるんだ。ただブラブラ歩くだけでいい。買い物してる人。子ども連れの人。そういう人たちを見ていると、ああここの人たちも皆同じ人間なんだなあと感じる。この人たちのためになる仕事をしようって気持ちになるんだ。この気持ちを持つことが、僕にとって一番最初の大事な仕事なんだ」
私はウーンと感動してしまった。それと同時に、いつもおおらかで、家族思い、笑顔とユーモアの絶えない彼の人間性を、はっきりと感じ取った。
ブラジルの次は中国。 その2、3年後の中国入りのために中国語の勉強を始めたフレッド。とても疲れた50代には見えない。いよいよ、ますます上昇志向の彼のこの姿勢こそ、本当にカッコいいと思う。