土門啓介さんの「北京レポート(3)骨董事情」(98・7・30)

  中国4千年の歴史などと、よくいわれる言葉ですが、今も続々と古い遺跡が発掘されているのが中国です。実際に都市や周辺では再開発が進んでいることから、少し掘れば何かが出てくるらしいのです。新聞には漢時代の墓がみつかったなどという記事もよく見かけます。清や明代の記事は出ないところをみると、それはあまり古いという時代観念でみられていないのかもしれません。それでも日本では明治をはじめ、江戸や安土桃山時代になりますから、日本人の時代の捉え方とはずいぶんの差です。ところが日本人や外国人の骨董好きが波及したのか、中国でも骨董はブームのようです。専門(陶器、書画等)ごとにしっかりした印刷の図鑑もありますし、価格も相当します。また骨董オークションの案内や専門の雑誌も出ています。このブームに連れてというわけではないでしょうが、ご多分にもれず偽物も当然ながら横行しており、雑誌には
偽物の見分け方などという内容がテーマ毎に掲載されています。私もお宝発見!という訳ではないのですが、昔から骨董は好きでしたので、暇があれば骨董街へ足を運んでいます。そこで今回は北京骨董事情と題してお伝えしましょう。

瑠璃廠(ルリチャン)
 現在、北京市内には数カ所の骨董街があります。その中でも昔から有名な場所が瑠璃廠(ルリチャン)と呼ばれる場所です。ここは北京の中心である天安門から南東へ少し下ったところにあり、昔は皇帝の居住地である故宮の瑠璃瓦を焼く場所として形成され、その後、書画骨董を扱う街として発達したところです。今でも昔の町並みを再現した通りになっており、そのほとんどが骨董屋や古籍書店で占められています。店構えとしては、老舗である「栄宝斎」から個人経営が集まってマーケットを作っているところまで様々です。老舗と個人経営の品揃えの違いについては、素人である私はあまりわかりませんが、書画に強いところ、焼き物に強いところなど扱うものによって異なるようです。

  骨董街では買い物に至るまでの品定めから値段交渉が、何よりも時間を忘れるくらいの楽しみであることはいうまでもありません。ここでひとつ知識として覚えていただきたいのは、中国では120年以上古いもので国が認めた骨董以外は国外持出し不可という規定があり、それ以上古いものは例えそれが本物であったとしても、持出しの際見つかれば即没収ということです。ですから年代的にいって清代の後期のものの場合、文物局という役所が「持出し可」という証明を赤もしくは緑のロウで刻印したものがついているということが一つの目安になります。この刻印がついていれば安心して持ち出せますし、一応本物と安心できるのではないでしょうか。例え相当の目利きで宋時代の青磁などの本物をゲットできたとしても、証明が無い場合、税関で没収の可能性は十分ありえます。

  骨董屋の主人達はやはり商売柄のせいでしょうか、一度来てじっくり品定めをしたり話し込んだ客の顔は覚えているようです。これにはメリットデメリットがありますが、私のような駐在者にとっては、顔見知りになってこちらの好みの品などを伝えておくと、それが入った時に教えてもらえる、相場より安くしてくれるといういい点もあるようです。反対に欲しいものを欲しくない振りをして買いそびれると、次回に行った時に値上がりしていて価格の再交渉になってしまうということもあるようです。

  さて、骨董屋での買い物の流れですが、多くは店に入るとそこの主人、従業員がぴったりとついて来ます。そしてこちらの視線が何に向いているか捉え、「これは宋代のもの」とか「古いよ、これは」などと買い手の心をくすぐります。その言葉に負ける事なく世間話を開始しますが、私は「商売はどう?」という言葉から始めます。「だめだねぇ」などと返ってくることが最近は多いのですが、「どこから仕入れるの?」などと会話
を重ねながら、自分の目当てとする、もしくはこれはっ!と思ったものに、他のものを手にしながら向かいます。そしてじっくりと手にとって、それが磁器の場合は絵柄や欠け、検定印の有無(個人商店ではほとんどありません。だからといって偽物でないものもあります。)を調べ、「時代は?などと話を更に進めます。そして「幾ら?」となるわけですが、値段を聞いて「高い!」ということから価格交渉の開始となります。これは聞いた話ですが、「言い値の20%から始めろ。半分以下で押さえたら上等」だそうです。最近は店の主人が「幾らだったらいいんだい?」という事が多く、こういう時に日本人は価格交渉に慣れていないせいか、4割引きくらいの値段を言ってしまうようです。そうするとその時点で交渉成
立!という事になってしまうので、一気に9割引までいきましょう。そうすると「そんなんじゃ売れないよ」とか笑われて終わりですが、ここから「じゃああんたは幾らで売りたいんだ?」などと言いながら、自分の予算を心にしっかりと定め、交渉を続ける事になります。どうしても交渉が成立しない時は、最終手段として「じゃあ、やめる。さようなら」を口にし、店を出る振りをします。そうすると相手がその値でいい場合は「まあまあっ!わかったわかった。負けたよ。その値段でいいよ。」ということになりますし、その価格で売れない場合は追いかけてこない事になります。ですからこれはあくまで最終手段です。そうしないと、次に訪れると「あいつはやはりこれが目当てか。」という事になり、最終の値段が一層高くなるわけです。晴れて交渉成立の場合は、梱包(実は新聞紙に包んでスーパーの袋に入れるのが多い)、支払、握手でさよならということになります。若干余韻を楽しんで、その他のものを品定めすることもいいでしょう。これで次からは“友達”です。

 歴史が古く、例えば磁器についてもその時代における窯の盛衰があり、かつ多くの官民の窯があった中国の事ですから、自分が欲しい骨董のしっかりとした事前勉強は必要でしょうし、真贋を見抜く目を養う事も必要でしょう。それには普段からちょくちょく多くの店に足を運んで、たくさんの物をみるということでしょうか。また北京の場合、外国人が多く足を運ぶお土産商店である「友誼商店」の4階に書画(現代もの)と骨董を扱うフロアがあります。ここの骨董は本物ですし、値段も明示しています。またこういった骨董は数が多いからこそ国外に持ち出せるということですので、似たような、もしくは同じ物がある場合もあります。ですからここの骨董を参考にして、骨董街での買い物に臨むということも一つの手段でしょう。ちなみに書画は、有名な作者のものは本物であれば何百万円は確実ですし、そういうものは少ないのではないかという気がします。これは完全に個人の好みで新旧は関係がないと思います。

  さて、知ったかぶりをしている当の私ですが、最近、清代の青磁の小皿をひとつ手に入れました。その店はこれといって他は大したことが無かったのですが、片隅にあったそれが目に留まり、延々と続く交渉の末、最後の50元(900円)の攻防に敗れ、それでも欲しかったのでゲット。それから、1952年出版の斉白石の画冊を手に入れました。これは本当にラッキーで、見つけた瞬間に「やった!」と小躍りしたものです。斉白石の画集は今でも装丁のきれいなものが8千円くらいで買えますし、今回のも決して古くはなくかつボロボロなのですが、私がゲットしたものは、友人のつてで聞いてもらった中央美術学院(中国の東京芸大)の卒業生が「僕がその店を知っていたら今から行って買う。相手が言っている値段ででも買う。もう学校にも無い。だからすぐに買え」といわれたくらい希少価値のあるものなのです。手に入れて帰る時は心がドキドキものでした。ちなみに値段は言い値の3分の1で落とせました。

  これからも、私の骨董屋めぐりは続きますが、結局、古い新しいということは重要なファクターではなく、その柄、形が自分の好みにあっているか。自分が無理をしないで買える値段なのか(分不相応という言葉もありますから)、そしてそれを手に取った時に心からその物がいいと思えるか(要は惚れるかどうかだと思う)ということが重要なのではないでしょうか。骨董を手にしている時、眺めている時は、その骨董がどういった
形で世の中に出て、どのような人達の手を経て、ここにあるのかということに思いが巡ります。中国にお出での際は、観光や仕事の隙を見つけて、ぜひ骨董屋に足を運んでみて下さい。思わぬ掘り出し物があるかもしれません。