嫌がらせだったかもしれない。車のボンネットにキズを付けられてもう1カ月以上が過ぎた。キズはコインか車のキーを使って付けたようだ。長さが50センチ程のものだった。幸い地金が出るほどの深いキズではなかったため、ガソリンスタンドやディーラーの人が磨きをかけてくれ、キズは幾分、目立たなくなった。しかし、完全ではない。光の角度によってうっすらとキズは浮かび上がってくる。
どうしてもほしくてたまらなかった車だった。8年前。一カ月ほど入院生活を体験した。退屈紛れに本屋を訪れ、外車専門の雑誌を手にした。その表紙を飾っていたのが今の車だった。一目ぼれとはこのことだったろう。スタイルの良さ、性能の良さ。解説文に目を通してさらにほれこんだ。興奮状態で病室に戻った日が今でも忘れられない。妻からは「一体、どうやってそんな車を買えるの」とねじ込まれてしまった。
だが、どうしても欲しい。以来、3年間、月刊誌から送られて来るささやかなアルバイト原稿料も手を付けず熱心にため込んだ。貯めたといってもたかが知れた金額である。後は3年がかりで妻を口説き落としたようなものだった。
「車は下駄がわりになればいい」と姿形にまったくこだわらない人もいるが、自分にとっての車は運転していても、また眺めていても気分のいいものでありたい。ともかく3年間の粘りがやっと実って、夢だった車を手にすることができた。そして自分の分身のように大切にしながら乗り継いで5年が過ぎた。幸い、一度も事故に遭わず無傷に過ごした。車の手入れは不精な方だったが、洗車、ワックスがけも自分でした。いつも気持ちいいほどきれいにしていたつもりである。
その日もガソリンスタンドで洗ってもらい、輝くほどきれいになっていた。そのまま市役所駐車場に置いていた。帰りがけ何気なくボンネットを見たら、グレーのボンネットの上を無残にも引っかきキズが走っていた。暗澹とした気持ちだった。だれがなんのために。腹立たしさと悲しみが交錯して、その場に立ち尽くしてしまった。車に引っかきキズを付けられたと言う話は前から何ども聞いたことはある。しかし、自分とは縁のない話と思っていた。まして、そんなことする人間なんてわが周辺にはいまいと信じていたから。
ディラーに電話をした。「やられたんですか」。相手はさも気の毒そうに声を落とした。「車をお持ちください。塗装のし直しが必要かどうか見てみますから」。ていねいな電話の声に幾分、慰められたが「塗装のし直し」となったらそれにかかる経費は想像しなくても分かる。とても、今はそこまで投資する気持ちにはなれないし、経済的にも余裕がない。「ともかく目立たない程度でいいから手を入れてほしい」と頼んでキズの部分にパウンドを塗り込んでもらって磨いた。
心の傷は時の流れによって解決されるが、ものに付いたキズだけは消えない。しかし、考えた。心の傷と物に付いたキズとでは大違いだ。車のキズならお金さえかければどうにかなる。心の傷はお金ではいやされない。長い時間を要する。いや、例え何十年もの長い時間が流れても生涯、消えることのない深い傷だってあろう。阪神で起きた少年Aによる酒鬼薔薇事件だってそうだ。被害者となった子供の両親の心の傷みはそれこそ生涯、消えることはないだろう。
オウム事件だってそうだ。弁護士一家が殺害され、さらには地下鉄へのサリンばらまきによって罪のない多くの人が殺された。最近では和歌山市で青酸カレー事件が発生した。なぜ。どうして。疑問が次々と沸いては消える。腹立たしい。いやそれよりも悲しいし、おぞましい。人間には神をも恐れぬ魔性が秘めているのだろうか。それにしても子供やお年寄りも関係なく、無差別に人が死ぬということが分かっていて、猛毒をカレーに混ぜたとすればどんな理由があろうと許されない。犯人はどんな顔を持った人物だろう。憎しみを覚える。
車のキズとこうした事件とは比較になるはずはないが、その人間の心に流れている嫌らしさ残酷さは変わりないだろう。車にキズを付けた者も、また青酸をカレーに混ぜた者もどこかで、相手の悲しみや騒ぎを見ていて喜んでいるということだ。残酷で虚しく、嫌らしい人物にしか思えない。
ともかく心のわだかまりとなってすでに1カ月以上過ぎてしまった。忘れようと思ってもついボンネットのキズに目が行ってしまう。だが、たかがキズだと思おう。それしかない。いまは車よりもっと大事なものがあるじゃないか。そう。「秋田県南日々新聞」である。今日も読者から嬉しいメールがあった。横手市在住の新田祐子さんからである。
新田さんは優れたパソコン技術者の一人である。その新田さんいわく。「パソコン教室のような活動をしていて、いつも思うのは、一般の人たちにもっとパソコンのおもしろさ、利用価値を知らせる必要がある、ということです。個人で趣味で使う人はそれでいいのですが、会社や事業所の場合、パソコンで解決できる問題が多くあるのに、その努力もしないまま、業績を悪化させて町ぐるみつぶれてしまいかねない状況です。パソコンの利用価値を知っている私のような仕事をしている者が、もっと普及活動を活発にしなければならないのでは、と思ってます」とあった。
新田さんはさらに「最近、頼れる仲間が増えてきたので、地域に『パソコンクラブ』のようなものを組織し、パソコンの利用促進を図る活動をしようかと、考えてます」ともあった。車のキズがもたらしたモヤモヤとした気分がこのメールで吹っ飛んだ。頑張れ、新田さん。