胆南新報・酒井隼男記者のコラム(3)

「日本農業に必要なプラス思考」(98・8・25)

  ○…法律の理想と現実は、ときに正反対の様相を示すことがある。「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない」と定めてある憲法九条と、世界第三位の軍事力を誇る日本の姿が、典型的な例であろうか。

  ○…「作る自由、売る自由」を唱っている新食糧法にも、理想と正反対の現実がみられる。今年、史上最大規模の減反が市町村に割り当てられた。実はこの減反、「自主参加」という形はとっているものの、実態は「半強制」であり「作る不自由、売る不自由」なのだ。

  ではなぜこんな法律を作ったのか。旧食管法時代は「全量政府管理」がタテ前だったが、いわゆる「ヤミ米」が流通量のかなりの割合を占めるにいたり、結局政府管理が破綻した。しかし「完全自由化」には抵抗が大きく、政府関与を一部残しながら、今のようなタテ前が明記された、というのがいきさつ。日本の「ホンネ・タテ前」文化の典型を見る思いがする。その抵抗≠フ中心を担ったのが農協であった。

  ○…昨年岩手県東和町が、自主減反&式を打ち出した。しかし農協側の抵抗が激しく、挫折した。そして政治生命をかけた小原秀夫町長(当時)は辞任を余儀なくされる。この時の農協側の抵抗≠ノは特筆すべきものがあった。

 1997年3月9日付岩手日報に、JA岩手グループの全面広告が掲載された。「あなたが守る、全員で守る!」とタイトルが付いたその意見広告は、生産調整が失敗したときの‘悪影響’を説明していた。「減反は全員でやるのがルール」「減反が失敗すれば価格暴落」と少々‘脅し文句’も。これに先立つ5日、県農協中央会が県知事に対して、東和町はじめ各市町村が確実に生産調整を行うよう「指導」を要請したという。

  ○…日本最強の圧力団体として全中の「政治頼み」「圧力主義」は今に始まったことではないが、この組織がついに国の「下請け」になり下がった姿をさらけ出したのは象徴的だ。そもそも農協は生産調整が始まった当初反対の態度を表明し、各地で運動も起こしていたはずだ。小原町長は3月24日付同紙夕刊に寄稿し、同様な指摘を行い農協の「変節」を批判している。

 東和町が突きつけた問題は、日本農業を‘補助金漬け’から解き放ち、自己の工夫と努力で立つ農業を21世紀までに創る表明だということを、関係者は理解すべきであった。当然産地間競争での生き残りや所得減少など、改革の痛みも覚悟しなければならない。だが少なくともそこには何か未来を変えるという決意を、私は読みとることができる。そうなった場合のイマジネーションを働かせなければならない。JAグループの「脅し広告」と「お上の圧力」頼みと比べて、小原元町長の決断がなんと輝いて見えたことか。

  ○…日本農業は減反が始まって以来、補助金に安住して次代の農業を育てるダイナミズムを欠いてきた。その結果国際化にさらされて体質の脆弱さを露呈しただけでなく、深刻な担い手不足に陥っている。それはただ国の責任だけに帰すのは適当であるまい。日本最強の圧力団体=農協が、農村票と引き替えに族議員を使って補助金を引き出すという自らの体質を、まず反省しなければならない。

  ○…ウルグアイラウンドの見直しは西暦2000年に迫っている。その時外国からの圧力が一層厳しくなるのは目に見えている。その時、再び「守る」「阻止する」というスローガンを唱えるだけでは国民は納得すまい。そんな発想から脱却し、「作って売り込む」といったプラス思考に切り替えることが大切だ。新食糧法の趣旨もそうなっているし、何よりお百姓さんの元気の源は作物を作ることにあるのだから。

酒井隼男=筆者のプロフィール 1958年岩手県生まれ.39歳。大学卒業後生協職員や家業の手伝いを経て、1996年から岩手の前沢町、衣川村を発行エリアとする「胆南新報」の記者。かたわら学習塾を主宰。
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