フリーランスライター・酒井隼男さんの「コラム(7)」(98・9・21)

〈大人のアプローチがカギー続発する青少年非行〉
 
  ○…内閣総理大臣の諮問機関である「第15期青少年問題審議会」はこのほど、続発する青少年非行問題について中間的なまとめを発表した。補導された刑法犯少年の数が五年連続で増加し、昨年度は同年齢層人口千人当たり16、1にまで上昇し「戦後第4の上昇局面」として事態がきわめて深刻であると報告している。

 最近の特徴としては、これまで問題行動のなかった少年が突然「キレ」て凶悪・粗暴な行動に出る例が増えているという。栃木で男子中学生が女性教師をナイフで刺し殺した事件が、いまだに記憶に新しい。そして問題行動を起こす少年の意識状況を次のように分析している。

 第一に「社会ルールの遵守意識の欠如」、第二に「自己中心的で欲望や衝動を抑えられない」、第三に「言葉を通して問題解決をはかろうとする意識がみられない」、第四に「自身に価値を見いだし自尊の意識を持てない」。しかしより不気味なのは、問題行動に至らなくてもその予備軍≠ェ確実に広がっている実態である。

 ○…中間報告ではこのような意識状況を生み出す背景を「現代社会の風潮」「家庭」「子供たちの人間関係」に分けて論じている。まず第一に、最低限守るべき社会的ルールがおろそかにされているという点を挙げている。それは教え込むべき主体となる学校や家庭の問題としてとらえなければならないであろう。知識教育中心の今のカリキュラム、時間に追われる教師、家庭に不在の父親、共働きの一般化、わが子に無
関心といった事情がそこから透けて見えてくる。

 第二に「価値意識」「権利意識」の突出があるという。つまり公共の利益や責任を考慮しない一方的な主張がみられるとの分析であるが、これは大人の世界でもよく見聞きする話で、そういった縮図≠ェ青少年の世界にあってもなんら不思議ではない。だから反省すべきは私たちの周囲に蔓延しているある風潮≠ネのであろう。

 第三に子供たちの世界の変化がある。少子化や地域関係の希薄化から他人との関係が減り、一方ではテレビゲームや学習塾、習い事に時間が取られるようになった。つまり自己の範囲にこもり、多様な年代との交流の仕方を身につける機会が奪われているのだ。結果として、さまざまな考え方や生き方を受容する能力が育たないのである。逆に自分の考え方や行動を批判される場もない。神戸連続児童殺傷事件の「酒鬼薔薇」少年が動物を虐待していることが知られていながら、その行動をとがめようとする者がいなかったのであろうか。

 第四に「子供に対する基本的なしつけがおろそかになっている」と、家庭の問題に言及している。大人が自信を持てない、子供とのあつれきや衝突を回避する傾向がみられ、子供にとって偏った考え方や価値観を修正する機会が失われているとする。非行少年の家庭に共通していたのは、子供への無関心であろう。東京で起きた女子高生コンクリート詰め殺人事件の舞台は、主犯格の少年の自宅2階であり、そのおぞま
しい惨劇の事実が留守がちな両親には察知できなかったという。

 戦後支配的だった「勤勉努力・創意工夫」という価値観に基づいて築き上げられた教育体系が行き詰まっていることを、文章の端々にじませているのは注目に値するだろう。

  ○…「対策への視点」として審議会では「『開かれた関係』の確立」を求めている。具体的には多様な人間関係を築く中から、時には摩擦も経験し、異なった価値観に触れることであるとしている。そしてそのための条件整備を家庭、地域、学校、企業、行政に求めている。

 例えば子育てに関する知恵や悩みを共有する機会を確保する、学校教育制度の柔軟な運用、クラス人数の適性化、地域における世代間交流、地域活動への参加促進、大人が働く姿に接するような機会の拡充といった12の提言が、いずれも「開かれた○○」という5つの中見出しに整理され提示されている。内容はどれも妥当なものばかりであるが、どうすれば「時間の確保」ができるのか検討課題として残された。

 特に少年の基本的な生活の場である家庭と学校に多くの記述が割かれており、親の意識改革や学校の指導要項の柔軟な運用、教師の過重な任務を軽減し児童・生徒の指導に時間を割くことなどを求めている。また地域社会には子供を積極的に受け入れ、行事に参画させることを求め、企業にも大人の働く姿に接する機会を設けることを要請しているのが目新しい。さらにマスメディアに対して青少年への有益な情報提供
をになうよう期待を寄せているのは、メディアに携わる者には留意したいところだ。

  ○…以上見てきたようにもはや「学校まかせ」「家庭まかせ」では対処は不可能であり、社会のあらゆるポジションのものが対策に参画するよう要請しているのがこの中間報告の大きな特徴だ。青少年の「荒れ」が現代社会の歪みを反映しているとするならば、当然のことながら大人の行動責任が第一に問われなければならない。

 具体的に大人ができることは何か。俳優長塚京三がお父さん役で、どこか恥ずかしがりながら「何でもいいから話そう」と中学生あるいは高校生らしい息子、娘に訴えている政府広報のTVCMがあった。口で言えば難しいことではないように思うのだが、忙しい今の大人がそういった時間を確保するのが難しいのであり、世代間のギャップを前にたじろいでしまう傾向があるのだ。「開かれた」関係を断っているのは実は大人の方で、子供に向かって積極的にアプローチしていくことが必要だとこのCMは教えている。

筆者のプロフィール=1958年岩手県生まれ.39歳。大学卒業後生協職員や家業の手伝いを経て、1996年から岩手の前沢町、衣川村を発行エリアとする「胆南新報」の記者。現在はフリーランスライター。
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