こちら編集室「臨済宗の教え」(98・9・29)

  随分、悩んだ。言葉に関してである。「仏に逢ったら仏を殺し、父母に逢ったら父母を殺し」。臨済宗の法語を収録した臨済録の一説である。

  「仏に逢うては仏を殺し、祖に逢うては祖を殺し、羅漢に逢うては羅漢を殺し、父母に逢うては父母を殺し、親眷(しんけん)に逢うては親眷を殺して、始めて解脱を得ん」。そう説いている。  宗教家でもないし、哲学を学ぼうとしたわけでもない。ただ、臨済宗の寺院を舞台にした小説を再読してこの言葉に再会した。小説は三島由紀夫の「金閣寺」である。多分、20数年振りの再読だったろう。「仏に逢うては仏を殺し」。まさか実際に「仏を殺せ、親を殺せ」と説いたわけではあるまいが、意味不明の壁にぶちあたって悩んだ。

  臨済宗は室町南北時代、武家集団の保護を受けて栄えたと言うから武士道を説いたものかとも考えた。「武士道とは死ぬことと見たり」。つまりそうした厳しさを乗り越えるためには「仏をも、祖をも、また父母をも、さらには親類縁者の屍(しかばね)をも乗り越える気概が必要だ」とでも諭したものか。初めてこの言葉に出会った時は自分なりにそう解釈していた。

  しかし、2度目の出会いとなった今回はなぜか自分の解釈に不安を抱いた。不安は疑心を呼び、暗鬼となった。調べて見たいと図書館を訪ねた。様々な辞典を引いたが詳しい解説はなかった。仏教用語辞典でも見当てることはできなかった。寺を訪ねたが、宗派が違うと言うこともあって住職は首を傾げた。

  その住職さんはその後、わざわざ「仏教大辞典」に目を通し、そのコピーを届けて下さった。それによると「殺仏殺祖(さつぶつせっそ)」は「仏を殺すというよりも、仏によって惑わされないこと(仏魔)を言い、仏を否定したものではなく仏も魔も弁別できる人間たれ」とのことだった。いわば、「父母の情」「仏の情」「祖先の情」に溺れていては自己確立が出来ないということらしい。

  まあ、自分なりの解釈にも大きな違いはないと安心したが、しかし、言葉とは不思議なものだと思った。気にもとめなければ、川を流れる木屑のように記憶の流れに流されてそのまま消滅する。こだわり始めるとその意味を知りたくて悩む。山を登り始めて、ふとしたトラブルで頂上への登頂をあきらめざるを得ないような未消化のこだわり。それが「殺仏殺祖」がもたらした言葉の不思議さだった。

  親の情からの解脱。これはある意味で必要かもしれない。親ばかとも言われる子への愛。その子への情愛の解脱。これもある意味で必要かもしれない。愛情が濃過ぎると、子は自立心を失う。小学校の先生から聞いた話を思い出した。「今の子供たちは教室の掃除の仕方さえ知らない。ほうきの握り方さえ知らなければ、ぞうきんの絞り方さえ知らない。だからぞうきんがけをすると教室はまるで洪水の後のように水浸しなんですよ。一体、家庭ではどんな家事をしつけているのか」。昔ならいざ知らず、近代的な家屋からは廊下のぞうきんがけという仕事は消えただろう。でもほうきの握り方もぞうきんの絞り方さえ知らないでは首を傾げたくなる。これは親がなすべき子への愛の解脱、いや愛する子であるからこそしっかりした家庭教育、しつけを施すべきだろう。

  人間とは人と人との交わりがあって成長する。言葉との出会いも、人間の成長には大切だ。今度の小説でそのことを学んだ。

  大相撲秋場所では横綱・貴乃花が優勝を飾った。兄・若乃花との絶縁宣言。二人の間に何があったのかは知らないが、とにかく貴乃花は「兄とは縁を切って、自分の相撲道を歩みたい」とスポーツ紙記者に語ったのが大きく報道され、土俵外での言質が話題になった。貴乃花も「仏に逢おうたら仏を殺し、父母に逢うたら父母を殺し」の解脱の道を歩もうとしたのだろうか。

  それにしても解脱からはほど遠い生活をしている自分が情けない。酒。タバコ。特にタバコは止めようと言うよりいくらか本数を減らそうと試みたが、いつの間にか元の木阿弥である。酒は「疲れた肝臓のために量を減らすように」と掛かりつけの医師から酸っぱく指導を受けているのだが、一向に量は減らない。毎晩、家の中で宴会騒ぎである。

  虚しさからの解脱。これも相変わらずだ。寂しさからの解脱。これもさっぱりだ。「鴉啼いてこのわたしも一人(山頭火)」。この寂しさだ。悲しみからの解脱。これもまだまだだ。「分け入っても分け入っても青い山」と山頭火は旅の連れづれに歌う。理由(わけ)もなく募る悲しみ。アフォリズム。太宰治の小説を読んでいて感じる孤独と虚しさ。太宰の言葉の表現の巧みさと悲しみ。アフォリズム。懸命な読者には説明の要もないだろう。今、自分は太宰のアフォリズムに酔っている。書いても書いても足元には遠く及ばないが・・・。