法廷の手錠ーある青年の悔悟
○…裁判長「被告人は被害者に対してどんな気持ちを持っていますか」。被告人「大変なことをしてしまったと思っています。(その償いを)どうしていいかわからない・・・」
裁判長「調書によれば被害者のお母さんは『娘にかわって殺してやりたい』とまで言っているんだが、『どうしていいかわからない』というのはいったいどういうことなのか」。被告人「・・・・」。
裁判長(諭すような口調で)「君がしでかしたことで被害者は一生傷を負うことになると思ったことはなかったのかね」と。被告人(聞き取れないようなか細い声で)「たいへんつらかっただろうと・・・」
○…ある若手弁護士を取材する過程で、ある刑事裁判の被告人尋問に立ち会うという機会を得た。今年の4月、宮城県北の某町で起きた、いわゆるレイプ事件の裁判である。経過はこうだ。地元の青年Aはあるきっかけで知り合ったB子さんを、「思いを遂げよう」と小学校の駐車場に誘い出した。車の中で言い寄ったが拒否され「強引にセックスしようと思い」、手で首を締めた上、今度は再びコードで首を締め失神させた。そして死の恐怖を背景に「行為」を強制した上、けがをさせるという悪質な事件であった。Aはその動機を「B子さんは美人で好みのタイプであった」と供述調書で述べている。罪名は「強姦致傷」。
○…読者の皆さんはTVの裁判ドラマでもうご存知かも知れないが、法廷の内部を少々説明しよう。筆者のいる傍聴席の正面に3人の裁判官が一段と高い段に座り、左手に若手女性とベテラン男性の2人の検事が控える。右手が被告人席で、若い2人の弁護士が検察と対峙している。その中央に証言台があってAが座っている。そして私のちょうど目の前が被告人を連行してきた刑務官が2人、ベンチに座ってAからひと
ときも目を離さず監視している。弁護人は淡々と情状酌量を訴えるような質問を行い、検察は自ら提出した調書の信憑性を上げるべく、曖昧な点を巧みについてくる。時折裁判長が回答が曖昧だったり納得できなかったりすると、直ちに補足の説明を求めてくる。TVドラマのように目の覚めるような新証拠の開示や傍聴席を唸らせるような派手なアクションが展開されるわけではないが、ただ一つ同じだったのは「誘導です」「それは伝聞に過ぎません」と異議を挟んでくる検察の「けん制」であった。
○…裁判は容赦無く、Aの過去とプライバシーを暴いていく。Aは犯行当時別の傷害事件で保護観察中であったが、たびたび観察中の義務を怠ってきた。保護司との定期的な面接が途絶えがちだった上、禁止されている夜遊びもたびたびのことだった。さらに事件当時同棲している女性がいたこと、以前に暴力団とつきあいがあったこと、これまで関係を持った女性が20人はいたことといった、あまり知られたくないようなプライバシーにいたるまで、Aの人生・人格全てが法廷で明らかにされる。きれいに整えられた短めの髪に眼鏡をかけ、青っぽい服を着て、少しうなだれながら証言台で座っている青年に容赦のない質問が飛ぶ。「君はいつ強引にB子さんとセックスしようと思ったんですか」「被告人は相手が合意できないとしたら強引にセックスしようと思って誘い出したんですね」「当時同棲していた女性がいたにも関わらず、どうして別な女性とセックスしようと思ったのですか」と、およそ法廷という「厳粛な場所」に不似合いな「セックス」という言葉が、どんどん飛び出してくるのには少々
びっくりさせられる。
○…この日の法廷を、Aの母親と姉とおぼしき2人の女性が傍聴していた。尋問の途中からハンカチを取り出し、その後は時折目の当たりを拭いながら終始うつむいたまま息子の証言を耳にしていた姿が印象深い。息子の犯した重大な犯罪の一部始終をこの母親はどんな気持ちで聞いていたのだろうか。Aの家族が被害者側と示談交渉を進めていることが法廷で明らかにされた。具体的な金額も提示されているらしいが、
相手側から拒否されているという。事実関係を大筋で認めているからには、弁護側にとって情状酌量を引き出す要件は、被告人本人がどれだけ反省の態度を示しているか、そして被害者と示談が済んでいるかという点に尽きる。しかし、裁判長は被告人の態度にやや疑問を覚えているかに見え、しかも示談交渉は被害者側に拒否されている。弁護側にとって、そしてAの家族にもイバラの道が続く。
○…開廷から1時間半が過ぎ去った。裁判官の尋問も終わり、次回の公判期日も決まってこの日の法廷も終わろうとしていた。「閉廷」が宣告され裁判官が後ろの扉から姿を消すと、2人の検事も「シンボル」ともいえるふろしきに公判資料を包み込んでそそくさと退場する。Aの母親も傍聴席の扉をあけて外に出ていった。刑務官に挟まれて座っていたAは起立を促され、すばやく腰縄と手錠をかけられた。弁護士が何か一言二言声をかけ、Aはうなずいていた。彼への判決は年内にも言い渡される。自ら犯した罪は自分にだけ返ってくるのではない。自分の家族、被害者、そしてその家族も巻き込んで拭いきれない「心の傷」を残すことになる。そしてAはこれから先も、その罪を一身に背負って人生を歩んでいかなければならないのだ。彼にあの時かけられた腰縄と手錠は、刑期を終えれば解き放たれる。だが、「心」にかけられた手錠は、さらに長く彼を縛りつけるに違いない。
酒井隼男=筆者のプロフィール 1958年岩手県生まれ.39歳。大学卒業後生協職員や家業の手伝いを経て、1996年から岩手の前沢町、衣川村を発行エリアとする「胆南新報」の記者。現在はフリーライター。
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