こちら編集室「思い出」(98・10・16)

  まだテレビが珍しい時代だったころの話である。近所のお金持ちの家にテレビが入ったとの話を聞けば隣近所のガキどもと誘い合ってプロレスを見に行ったものだった。力道山や吉村、豊登といったプロレスラーが外人相手に活躍するのを興奮しながら見た。プロレスの放映は大抵、夜だったから子どもに来られる家こそいい迷惑だったと思うが、どこの家でも黙って居間に上げさせ、テレビを見せてくれた。のんびりしたいい時代だった。

  力道山はリング場でとてつもなく強かった。外人レスラーの反則技にジッと耐え、これでもかこれでもかとの反則技の嵐にようやく堪忍袋の緒を切ると、あの「空手チョップ」で猛然と相手を倒した。リングの外での乱闘に私たちは興奮して「力道山がんばれ!」と声援を送った。その興奮を抱いたまま家に帰って母や父にプロレスのすごさ、迫力を口角泡を飛ばすように喋った。二人ともニコニコしながら黙って聞いていた。あの笑顔が良かった。

  柔らかい土の小さな広場が我が家にはあった。その広場こそ、釘刺しという格好の遊び場でもあった。3寸釘を思いっきり地面に突き刺すように投げ、相手の釘を倒すと勝ちとなったり、突き刺してはクモの巣のような線を描く陣取りごっこもやった。そのルールはどんなものだったのか。記憶は霞んだが、とにかく線と線の間を狭め、相手の投げる釘がその間に入りにくくするのがルールだったような気がする。単純な遊びだったが楽しい思い出として残る。

  その日、母から編み上がったばかりのセーターを着せてもらった。「マサオ。これならあったかいよ」。私はそのセーターが自慢で近所の仲間に見せたくて釘刺しに来いよと誘った。また、その日は特別な日でもあった。我が家を借りて化粧品のセールスが、近所のお母さんたちを相手に化粧の仕方の講習会をやるということを聞いていたのだ。私は子ども心にも若く美しい女の人が訪れるだろうと想像して一人で興奮していたのだ。

  白い四角なバッグを手に期待していたその女性が来た。私たちは裏庭の窓を開けて、その女性の仕草を観察しては釘刺しに興じた。想像していた通り、女性は若く美しかった。隠れるように私たちは窓から家の中をのぞいては若い女性を観察した。クリーム色のスーツを着た女性の瞳は黒く、大きく輝いていた。とにかく母や近所のお母さんたちとは違ったおしゃれでスマートな、都会的雰囲気を漂わせた女性に、私たちの目は次第にくぎ付けとなってしまった。まるで別な生き物が8畳の和室を隔てた向こうの客間に居るんだと興奮して見つめた。女性は気付かなかったのか。ふとした隙に鼻に小指をつき入れた。だれかが「アッ。鼻くそ取った」と小さな声で笑った。

  その一声で、私は若く美しい女性に抱いていた神聖とも憧れとも言えるイメージが音をたてて崩れた。ちょうど江戸の小咄(こばなし)に出てくる「朝、垣根越しにとなりの庭をのぞき見していたら、寝巻姿のご新造が出て来て、庭の草花を眺め、つと腕をのばし朝顔の花一輪を摘み取った。ああ風流だな、と感心して見ていたら、やがて新造は、つんとその朝顔で鼻をかんだ」。これである。「あんなきれいな人でも自分たちと同じようなことをするんだ」。若い女性はふとした仕草でまだ小学生だった自分の心に小さな傷を刻んだ。

  しかし、「自分たちと同じ」ことをしたその若くて美しい女性にとても親近感も沸いた。私は自慢のセーターを見せたくなって釘刺しの手を休め、裏口から土間を通って女性のいる客間へと近づいた。「あらっ。ぼうやは何年生」。透き通るようなその声に私はその場に硬直してしまった。多分、真っ赤になっていたことだろう。まばゆいような笑顔でその女性はさらに「いいセーターね」と褒めた。脱兎の如く私はその場から外へ逃げた。裏の窓からその様子を伺っていた仲間たちは戻って来た自分を迎えて声を殺して笑った。惨めさと敗北感、そして女の人から声を掛けられた嬉しさとが入り交じった複雑な気分だった。後は自慢のセーターを着て釘刺しに興じた。セーターは確か、薄い水色でお腹の部分に白い縞が3本走っていたと思う。母がどこかに頼んで編んでくれたものだ。ラジオでは巨人軍が優勝したと興奮したようにアナウンサーが叫んでいた。その声とセーターの温かさが記憶に残っている。そして若く美しい女性も。

  その夜、私は兄弟たちに気付かれないように母に尋ねた。「化粧品は買ったの?」。答えは「買えるはずねべ」と素っ気ないものだった。悲しかった。例えおばあさんのようにしわだらけでも少しは美しい母であってもらいたかったのだ。考えてみれば母の化粧姿を見た記憶はない。子どもたちを育てるだけで生活は手がいっぱいだったのだ。

  ただたった一枚の新しいセーターが生涯の温かい思い出となったことと、小さく傷ついたとはいえ女の人の美しさと神聖さもあの時、胸に刻まれた。

  テレビは中学生になってようやく我が家にも入った。「テレビを買うことにしたよ」。母と父の声にたまらなく嬉しくなって、学校に興奮しながら走った。しかし、級友には喋ることもできなかった。「家でもテレビを買うよ」なんて自慢でもしたら「なんだ今ごろか」とさげすまされるのが目に見えたから。放課後、走るように家に帰った。テレビはまだ入ってなかった。畳の部屋に寝ころんで芥川龍之介の小説「蜘蛛の糸」に読みふけった。蜘蛛の糸にすがって地獄からはい上がろうとした男。その男を追ってまた多くの男たちが蜘蛛の糸にぶら下がる。糸が切れるのを心配した男は叫んだ。下りろ、下りろと。自分だけが助かりたいとする男の醜い心を見破った天の仏は蜘蛛の糸を切ってすべての男たちを再び、地獄へと叩き落とした。読み終わって呆然としたころにようやく電気屋が来た。テレビが入ったのである。

  初めて我が家で見た白黒の映像はなんとも言えぬ幸せを運んで来た。しかし、おかしなもので映像の記憶は残らないのに「蜘蛛の糸」の小説内容だけは頭に鮮明に残っている。映像と活字の違いはそこにあるのだろうか。

文章内の写真は11日に田沢湖町玉川ダムで撮影したものです。