〈明日が見える新聞って?〉
(混迷の世に新聞があり明日がある) 15日から始まった今年の新聞週間の代表標語である。因みに「混迷」という文字を手元の辞書で引いてみると「いろいろな事が入り交じって、何がどうなっているのか、わけが分からなくなること(三省堂・新明解国語辞典)」とある。そして混迷の極に陥るといった用例が記載されている。いわばその時代を象徴する価値観がはっきりせず、人々がどこに向かって行ったらいいのか戸惑っていることなのだと、筆者は解釈している。
振り返ってみれば、戦争に破れ、一億総ざんげが強要された終戦直後、軍国主義が一掃されアメリカ流自由主義、民主主義が一気に入った時代、日本の安全保障ひいては国の進路そのものが問われた60年安保闘争、国民が総働き蜂になって驚異的な経済成長を遂げた60年代、大学から反体制の火の手が上がった学園紛争の時代、強い円を背景に世界中に日本企業が飛び出していった経済絶頂期の80年代、株と土地でみんなが踊ってしまったバブル経済の時代…そのときどきの価値観、出来事が、国民の共通認識になっていた時代ではなかったか。誰もがみんな「明日は変わる」と信じていた、そして何かしら希望も感じることができた。ところが世紀末の今、「明日はどうなるかわからない」し、「ひょっとするとダメになるかも」と、みんなが思い込み始めているこの時代を代表する言葉としては、「混迷」がふさわしいのかも知れない。
思えばあの「バブル」が崩壊した89年から、日本のすべての分野にわたって混迷が始まったような気がする。「永久政権?」が続くかと思われていた自民党一党支配が崩壊し、細川政権が成立したかと思えば、あっと驚く自社連立で政治の混迷は深まり、政党は離合集散を繰り返す。バブル崩壊後、中小どころか山一、拓銀、長銀といった大手も沈まざるをえなくなった経済の危機と「リストラ」の名による大量首切り。さらには「公僕」の呼称が地に落ちた官僚のあまりの腐敗、堕落ぶり。「サリン」という毒ガスを撒き散らしたオウム真理教の狂気。神戸連続児童殺傷事件を起こした「酒鬼薔薇」少年の理解を超える行動。あらゆる分野での混迷、価値観の崩壊が、この90年代を闊歩している。そして世界に目を転じれば、冷戦を戦った東の「横綱」ソ連のあっけない崩壊を契機に、これまた混迷の度を深めている。
そんな時代に新聞は、果たして明日を照らす「灯台」足りえてきたのだろうか。確かにメディアは、混迷する世の中を切り取り、情報と問題を提起する役割を、一定程度果たしてきたことは率直に認めたい。たとえば、まだオウムがさほど注目を浴びていなかったとき上九一色村でサリンが検出された件をスクープした読売、「山一自主廃業」をいち早く報じた日経など功績は大きいだろう。だが一方、松本サリン事件で被害者
を犯人扱いした一件、さらに「酒鬼薔薇」少年の顔写真を掲載したフォーカスの「暴挙」も記憶にとどめたい。
筆者も少し前まで「新聞記者」の肩書きを持っていて、この標語風にいえば「混迷」する時代に少しでも「明日が見える・・」ような記事を書くよう心がけていた。当たり前のことだがローカル紙は地元密着型で、「隣で子どもが生まれた・・。向こうで火事があった・・。米がいくらになった・・」という身近な情報提供が主になる。そういう中にも「明日はこうあるべきだ・・」という色合いがどれほど出せたのか、今となってははなはだ心もとない。
一部のゴシップジャーナリスト、ブラックジャーナリストを除けば、多くの報道人は読者が読んで明日に何かあるかもしれないという希望を持ってもらうことを心がけているはずだ。それが感じられなければ送り手は力不足を問われても仕方がないし、まさに新聞の役割がそこにあるといっても過言ではない。
ひるがえって、この「秋田県南日々新聞」は明日が見える要素がそろっている。(少しホメすぎだろうか?) 筆者が伊藤編集長と話したときに、「書き手のナマの姿が見えるような紙面作りに心がけている・・」と、熱っぽく語ってくれことがある。この言葉が実に印象深いし、実際そういう紙面(画面?)になっている、と思う。他の新聞社もホームページを開設し記事を配信しているが、新聞記事の焼き直しで「色気」が感じられないものが多いという現実と比較するとき、インターネット新聞はかくあるべきという、一つのモデルを提起していると言っても過言ではあるまい。喜ばしいことに読者からの反応も上々のようだし、何よりもヒット数が着実に増えているのがその証拠である。海外からの投稿もあって国際性豊かだし、小生のコラムもまた一つの読みどころになっている(手前ミソ!)。ただ惜しむらくは、伊藤編集長のボランティア精神に頼りすぎて、経営体になり得ていないのである。少なくとも編集長の生活費が出せるくらいの経営が確保できるように、至急検討すべきと思う。
このホームページも「書き手のナマの姿・・」が感じられる限りは「明日が見える新聞・・」でありつづけるであろう。
酒井隼男=筆者のプロフィール 1958年岩手県生まれ.39歳。大学卒業後生協職員や家業の手伝いを経て、1996年から岩手の前沢町、衣川村を発行エリアとする「胆南新報」の記者。現在はフリーライター。
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