こちら編集室「虹を追って」(10月27日)

  雨の多かった今年は良く虹が空を飾った。青空が広がっていてもどこからか雨が降ってくる。そんな日さえあった。西日を受けて東の空に二段重ねのぜいたくな虹の装飾となった日もあった。初秋の夕暮時である。「あの虹の橋のたもとには財宝が隠されているんだ」。幼いころ、だれかからそう聞かされて、虹の橋のたもとを求めて追ったことがある。歩いても、歩いても虹は一向に距離を縮めてくれなかった。

  「宝物が隠されているんだ」。その言葉を信じて、とにかく追い求めた。子ども心にも貧しさが身にしみていた。だから虹が残していく「財宝」を見つけたらきっと、大金持ちになるだろうと思った。近くを流れている横手川の橋を渡り、自分の通っている小学校前までの2キロの道のりをフウフウ息をこらして追い求めた。虹は田んぼの向こうの一軒の家の屋根から立ち上がっているようにも見えた。「あと少しなのに、あと少しなのに」。心の中でそう訴えて足を進めたが、距離は一向に縮まらず、橋のたもとはさっきまで見えた農家の家の屋根から離れ、今度は田んぼの上に移動していた。「待って、待って。いますぐ行くから、待って」。走り出した。走り出したら虹も走り出してまた同じ距離を保った。そして虹は消えた。

  子どものころ、虹を見てはなんどこの虚しい駆けっこを繰り返しただろう。「宝物を見つけて母や父を喜ばせてあげたい」。おとぎ話のようだが、あのころは虹の橋のたもとを掘ると「大判小判や宝石」などがザクザクと出てくると信じた。少し成長して自転車に乗れるようになった。子供用の自転車は買ってもらえなかったから、大人用の自転車を兄の指導を受けて、ようやく乗れるようになった。腰掛けに腰を掛けてもペダルに足が届かなかったため、逆三角形のフレームをまたがっての自転車走行だった。腰を右に左にとやじろべいのように揺らして走った。こっけいなほどに。  それでも「自転車に乗れた」と言うことは夢のような気持ちだった。「自転車でなら虹を追っても負けないだろう」。そう思った。虹を待った。来る日も来る日も虹が現れるのを待った。虹がとうとう姿を現した。家から大急ぎで自転車を出し、再び虹を追った。橋を渡り、周囲には田んぼしかないデコボコな砂利道を懸命に埃を飛ばして走った。虹は再び田んぼの向こうの一軒家から立ち上がっていた。「今度こそ、今度こそ」と虹のしっぽを捕まえる事ができると喜んだ。しかし、虹は自転車のスピードを上げると上げるほど早いスピードで一軒家から離れ、さらに遠ざかった。そして姿を消した。

  がっかりしながら家に帰った時は夕刻だった。汗だらけの顔を見た母は驚いたように「どこへ行ってたの」と台所仕事の手を休めて聞いた。何も言えなかった。無言で手押しポンプに向かい、何度も何度も柄を上下に振り降ろし冷たい水をくみ上げて飲んだ。虹に振り切られた無念さに声も出したくなかった。それでもいつかまた虹を見つけたら追って行こうと思った。虹の橋のたもとにある多くの宝物を見つけたくて−。

  小学校に入っていつだったろうか。虹とは大気中に浮遊している水滴に日光があたり、光の分散で生じたものと教えられたのは。それでも虹の橋のたもとには何か大切なものがあるという夢は捨てきれなかった。地中に隠された金貨や銀貨、そして多くの財宝への夢はあきらめきれなかった。しかし、追うのはそれ以来、止めた。追っても追っても追いつかないことが分かったからだ。

  それから長い歳月が流れ、50歳を迎えた自分は新たな虹を追っている。虹の橋のたもとに隠されている多くの財宝へを求めて。財宝はあるいは見つからないかもしれない。それでも追いたい。「秋田県南日々新聞」を立ち上げて、インターネットの世界で新たな虹を追っている。虹のしっぽはつかまりそうでつかまらないのは子どものころと同じだと苦笑しながら。

  こうやってワープロに向かっていたら、秋田市で月刊誌「月刊AKITA」を発行している鷲尾三郎氏から電話を頂いた。鷲尾氏は秋田魁新報社編集局長及び専務を務めた方である。退職後も物書きの端くれとしての夢を捨てきれず、月刊誌の発行に取り組んだ。そのエネルギーに感服して、そして自分も物書きの端くれとして鷲尾氏から学ぶ機会を得たいと思い、同誌のライターとして数年間、県南の記事を書き送ったことがある。

   「どうかね。忙しいかね」。鷲尾氏は自分がインターネット新聞に取り組んでいることを知ってから、「忙しいだろうから」と原稿の注文を控えるようになった。「どうかね。忙しいかね」。その声の感じからして、しばらく振りの原稿依頼だと直観した。「ええ。おかげさまで一銭にもならない新聞ですが、忙しさには追われてます」。鷲尾氏は電話の向こうで「そうか。収入にはならないか」とため息交じりの声をもらし、「どうだい。新年号に向けて何か一本、君の記事が欲しいのだが」「ハア・・・」。あいまいに応えて電話を置いた。

  月刊誌に記事を書くことは収入にはつながるが、新聞とは違った長文で書くには骨が折れる。収入は欲しい。が、県南日々の取材も手を休めたくはない。再び、虹を追おうと思った。虹の橋のたもとに隠されている財宝を求めて。これまでに培った読者とのつながりの向こうに見える虹を追って−。