酒井隼男さんの「コラム(16)」(98・11・24)

〈日本型雇用慣行の崩壊の後にくるもの〉

 「来月で事務所を閉鎖するといわれたのですが、どうしたらいいでしょうか」「1年契約だったのが今度からは2ヶ月契約といわれました。その後は首を切られるかもしれません」「売り上げ減少で希望退職を募っている。自分もその中に入っていると思うと不安でしょうがない」「3ヶ月賃金が遅配になっていたと思ったら、会社が突然倒産した。会社の資産が国税に差し押さえられてどうしようもない」ある労働組合に寄せられた相談事例である。この労働組合は連日倒産事件にからむ賃金確保と、雇用問題に忙殺されている。ここで扱う事件は労働者から直接電話でくるもの、提携している弁護士事務所からくるもの、友好組合から紹介されるものとの3つに分かれる。問答無用のリストラは今やもう当たり前になってしまい、最近は突然の事業所閉鎖と、倒産が増えてきているという。真っ先にリストラ対象になる管理職も相談に来ている。

 9月の完全失業率が戦後最悪の4.3%を記録し、有効求人倍率が史上最低の0.49倍になった。沖縄にいたっては0.2倍というありさまである。2人に一人しか職に就けない現状とはいったい…先日、仙台市宮城野区にあるハローワークに取材がてら顔を出してみたが、ものすごい人込みで、フロアーに入るのもためらわれるほどであった。周辺の道路も終日大混雑で路上駐車の車であふれかえっている。掲示板に群がる求職者の顔に、どことなく暗い影が浮かんでいるように見えたのは気のせいだったのか。ボードに貼ってある求人票もこの群がる人たちに比べて明らかに少ない。日本に「大失業時代」が訪れたかのような錯覚を覚えてしまう。これが失業率4.3%の実態である。

 景気が厳しい状況を立て直そうと、政府が銀行に公的資金を投入している。だが当の銀行が貸し渋りで運転資金さえ融通しないおかげで、倒産が増えているという現状を解決することはできない。「公的」の名目で「私的」資本増強に回るという許されない事態になっている。一方でサラ金が相も変わらぬ好景気を謳歌している。サラ金が儲かって笑いが止まらない時代はどこか不健全である。(これについては前回レポートしている)

 日本型雇用の代名詞だった「終身」「年功序列」「家族型」はもはや通用せず、欧米型実力主義、実績主義、合理主義が台頭している。「社員は家族」という創業者・松下幸之助の遺訓をくんだ松下電器産業の雇用も、旧来の体系と「いつ辞めてもいいように」退職金分をあらかじめ上乗せした体系の2本だてになっているほどだ。

 1ヶ所に長くいることがいいことだという雇用慣行はどうして生まれたのか、日本の封建制度は主従の絆が極めて強く、一生その土地に住み続けられる安心を与えられる代わりに最大限の忠誠を求められた。みずからの命すら差し出す場合もあるほどだった。(あの「忠臣蔵」の物語を思い出されたい)戦後それが労働者と会社あるいは組織との関係に置き換えられ、長く1ヶ所にとどまり「上」に忠義を尽くすべきという考え方が広く支持されてきたのだろうと推測する。ゆえに働き手は会社に忠誠を誓い、会社は定年までの俸給を保障してきた。時には過労死してでも会社に尽くすほどである。みんなが横並びで何とか業績を上げてきた時代はそれでやってこられたが、規制緩和の流れと大不況が重なって企業側も定年まで置いておく余裕がなくなり、今次のような大リストラ時代に突入したのである。

 では「終身雇用」崩壊後の日本の雇用はどうなるのであろうか。労働基準法をはじめ労働法制も「緩和」されつつあり、労働力の流動化は一層進むだろう。その際何が雇用の基準になるのか、言い換えれば働く側に求められる資質は何か。それは「専門性」と「企画力」だろう。ある分野で極めて深い知識や経験を持ち、ユニークな企画を立てられる能力である。残念ながら日本の中間管理職は「ゼネラリスト=何でも屋」として育てられてきたから、今のような時代になると「帯に短したすきに長し」になってしまって行き場を失う。かくいう小生も、サラリーマン時代はやはりそうであったから、今大変苦労しているところであるが…。

 「横並び」「みんな一斉に」「一つのところでいつまでも」、そういった戦後日本経済の高度成長を支えた労働慣行は大きな転換点を迎えている。個性と能力が問われる時代は、もうやってきている。日本の労働者も企業が定年まで雇ってくれるという幻想は早く捨てた方がよいだろう。

酒井隼男=筆者のプロフィール 1958年岩手県生まれ.39歳。大学卒業後生協職員や家業の手伝いを経て、1996年から岩手の前沢町、衣川村を発行エリアとする「胆南新報」の記者。現在はフリーライター。
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