随分前の事だが「冬の華」という高倉健出演の映画があった。横浜を舞台にしたやくざ映画である。ストーリーはお決まりのように高倉演じる「ヒデ」という昔気質なやくざが、親分への義理のため、組織を裏切った男を刺し殺すのだが、男には小さな娘がいた。娘は浜辺で倒された父の死の意味も、その重みも分からず、父親の遺体に抱きついて風車が風に吹かれて回っているのを見つめて無邪気に笑っている。その笑い声が浜辺から去り行く高倉演じる「ヒデ」の耳に響く。ヒデさんは罪を背負って刑務所で暮らす。
その間、ヒデさんの所属するやくざの親分はヒデさんのたっての頼みを受け入れて、父親を失った娘の所へ生活費を送っていた。しかもその送り主の名はブラジルにいる娘の「おじさん」という名目で。娘は美しい高校生に成長していた。娘とおじさんはひっきりなしに文通を交わす。娘からの手紙はやくざ組織を通じて刑務所のヒデさんの元に届けられる。ヒデさんからの手紙もやくざ組織を通じて娘の元に届けられる。ブラジルからの証印が押された封筒だ。
そのおじさんが出所することになる。娘・洋子は横浜の馬車道の喫茶店でチャイコフスキーのピアノコンチェルトを聴きながら、おじさんに手紙を書く。「チラッとこの前、いつも手紙を届けてくれる竹田さんから聞いたけど、もしかしたらおじさまが近々、日本に帰ってくる。それ本当?。洋子は待ってます。おじさまと会える日を待ってます。本当に心から待ってます」。ヒデさんは切ないような笑顔を浮かべて手紙を読む。そのぎこちない高倉の笑顔が良かった。
しかし、出所したヒデさんは洋子に会いたいと思っても、胸が張り裂けるほど会いたいと思っても足が進まない。洋子の通学している高校へとヒデさんの手紙の配達役を果たしていた竹田の案内で車で行く。「あれが洋子さんです」。竹田の声にヒデさんは車内から激しい勢いで振り向く。美しい少女が笑顔を浮かべて近づいてくる。「会わないんですか」。竹田は勧める。「殺した親の娘に会えるかよ」。ヒデさんは啖呵を切る。寂しい目で見送る高倉の男の眼が良かった。
一方で、気心を許したやくざ仲間には「どうしてかな。とにかく出たら一緒に食事をしよう。何よりも真っ先に会いに行こう。そればっかりを考えていたんだ」。ヒデさんは胸のうちを語る。娘の父親を殺してしまったという良心の呵責と手紙のやりとりを通じて生じた娘へのどうしようもない男の情愛。映画を見ながら「分かる。分かるよ。ヒデさん」。うなずいてしまった。
そしてある晩、ヒデさんは見てはいけないものを眼にしてしまった。ヒデさんの子分でもある竹田が洋子を公園で抱きしめ、愛をささやく。恋に似た、いやそれ以上に燃える情愛を洋子に寄せていたヒデさんは深く傷つく。その晩、ヒデさんは盛り場で関東への進出を図ろうとやって来た関西のやくざ組織に因縁を付けられ、大暴れする。関西のやくざ組織にやられっぱなしだったヒデさん所属のやくざたちは溜飲を下げたように喜ぶ。
そしてそれを機に親分を倒した関西のやくざ組織と一気に戦争に持って行こうとけしかける。その場に洋子の恋人となった竹田がいる。ヒデさんは無言で若者をにらみつける。激しい憎悪の目を投げつける。「洋子ちゃんの所にオジキ(ヒデさん)からの手紙を運んでいるうちにどうしようもなく好きになってしまったんです」。竹田は言う。「本気なのか!」。ヒデさんの問いかけに「本気です」と答える。「向こうは」。「愛してくれてます」。「なら、いいじゃないか」。これがいい。この「なら、いいじゃないか」と投げ捨てるような粋な啖呵がいい。
「オジキ!」。「その言い方、止めろ。かたぎになるんだ」。「オラのことは関係ない。オラはただ自分の罪の償いだけを一生掛かってやるだけだ」。ヒデさんの背負った十字架の重さが伝わってくるこのセリフもいい。
東映のやくざ映画はあんまり好きになれなかったがこの「冬の華」は強い印象に残った。バック音楽にクロード・チアリのギター演奏が取り入れられたのも良かったし、洋子が馬車道の喫茶店で聴くチャイコフスキーのピアノコンチェルトも良かった。そして、クラシックに縁の無いやくざ生活を送ってきたヒデさんが同じ喫茶店に入り、リクエストを勧めに来たホステスに洋子がいつも聴いているチャイコフスキーの音楽が流れているにかかわらず「あのー。チャイコフスキーのピアノコンチェルトを」と恐る恐る頼む姿がまた良かった。
その上、殺されはしたがヒデさんの親分もまた味があった。「切った張ったはもう面倒だよ。絵でも観てる方が一番、いいや。なあヒデ」。その疲れた表情がまた良かった。そして関西の組織との抗争に始末を付けるため奪われたシャガールの絵を思い浮かべ、「ヒデ。シャガールはいいぜ。俺はあれにほれてたんだ。見たろ。家にあったあのシャガールを。ヒデ。銭金じゃねえ。あれは。おれはあの絵にほれてたんだ。シャガールはいいなー」。失ったシャガールの絵を惜しむ老やくざの親分の姿がまた味わい深かった。
映画はお決まりのようにヒデさん演じるやくざが、親分のかたきを取るために組織を裏切った仲間を再び刺し殺してピリオドを打つが、クロード・チアリの演奏するギターの調べに乗ってスクリーンから去っていくヒデさんの寂しい後ろ姿が良かった。男の背中の悲しみがあった。12月12日。土曜日。窓の外は今日も白いものがチラチラと舞い散っている。白と黒の墨絵の世界だ。自分はどんな男の背中を見せて歩いているのだろう。師走。冷え込みは厳しくなるばかりだが、どこかで「冬の花」が咲いているかもしれない。花を求めて歩いてみよう。