ステキな女性の時代
宮城県庁に異色の女性幹部がいる。環境生活部次長を務める樋口美智子さんは、この3月まで東洋大学で教鞭を執っていた。「無党派県民党」を標榜して圧勝した浅野史郎宮城県知事が公約に掲げた「女性幹部の登用」の目玉が、樋口さんの抜擢である。民間である私立大学教官から華麗なる転身ということで、地元では大いに話題になった。
樋口さんは大学卒業後、ある石油会社に就職したが「歯車でしかない」と感じて半年で辞め、広告マーケッティングリサーチ会社に再就職した。企業が盛んに「コーポレイテッド・アイデンティティ活動」に精を出していた1980年代前半の頃である。オーディオメーカーのパイオニアやレコード針のナガオカといった企業のプロモーションを手がけたという。
その後出向し、財団法人「緑の地球防衛基金」設立の仕事に携わったのがきっかけで、環境問題や国際関係に関心を向けることになる。1985年にアメリカのワシントンDCにあるジョーンズタウン大学に留学し修士号を取得、アメリカにとどまりあるシンクタンクで日米関係に関する政策立案にあたった。その間アメリカの20人の要人にインタビューした成果をまとめた「ワシントンから日本への20の警告」という本を出版している。91年に帰国して東洋大学で国際関係論を教えていたが、前述のように宮城県初の女性次長として“華麗なる転身”を遂げる。
現在担当している主な仕事は、NPO(非営利組織)活動の支援、文化政策、女性の地位向上のための政策作りである。そこでは、彼女がこれまで培ってきた能力が存分に発揮される。まずマーケッティングリサーチ会社で学んだ企画・プロモーションの能力をNPO活動に生かし、情報提供、広報・啓蒙活動、各市町村への根回しなどをこなす。「これからNPOに求められるのは財務や組織をマネージメントする力です」と将来を見通した提言も行っている。まだNPO自体が一般になじみが薄く、啓蒙活動として講演会に飛び回る毎日だ。外国からの来賓にも、持ち前の国際感覚と語学力でフルに活躍する。
文化面でもユニークな活動を繰り広げている。「文化はソフト」と呼び、アートプロデューサー養成に力を入れる。仕掛け人が草の根から文化ののろしを上げていこうとする作戦だ。さらに全国でも宮城だけという「アートマネージメント学会」設立にこぎつけた。学者や画家、音楽家といった文化分野に携わる人たちを結集し、21世紀の振興策を研究していく。そして女性分野での活動である。
女性の主要ポジションへの進出を阻む原因を彼女はいくつか指摘している。「交渉能力や調整能力(いわゆる根回し)が劣っている」「妥協しない」といった偏見、困難な仕事にチャレンジする機会が与えられない、「女性はこうあるべき」という伝統的女性像が根強くある、などなど。だが彼女はこれまでの仕事の中で、一つ一つそういったバリアーを取り除いてきた。そしていま「環境生活部次長」という大いなるチャレンジの機会を与えられている。そう、機会さえ与えられれば女だってやれると彼女は身をもって証明するために、あえて宮城の地を選んだ。
元気な女性に共通する事項を挙げてもらった。1,思ったらすぐ行動に移す実行力 2,相手を説得するような論理的な話し方 3,ものごとに動じない“肝っ玉” 自分自身を分析したのではないかと思うくらい、樋口さんの軌跡にぴったり当てはまる。浅野知事から誘いを受けて程なく転身を決意し仙台に移り住んできた実行力、海千山千の議員相手に粘り強い根回しをする交渉力、父親の強い反対にもめげず宮城県庁入りを変えなかった固い信念と、どこからどこまで分析通りである。つまり彼女は、直感的に元気になる素をかぎとるたぐいの鋭い嗅覚の持ち主なのだろう。だから彼我に共通点を容易に見出しやすいのだと推察する。
「民間出身の私が、どれだけ盤石な官僚組織に、柔軟な民の発想を取り入れられるか、そちらに力点を置いている。…『女だから』という時代ではなくなりつつある」と、ある地元新聞のコラムで述べている。自身が厚生官僚であった浅野知事は官僚組織の良いも悪いもよく知り抜いている。その上であえて民間から女性幹部を大抜擢した。「民間」「女性」とも官僚組織の中では低く見られている要素だからである。したがって庁内での反発たるや相当のものがあったことは容易に推測できる。しかしそんな内実を知っているだけに、樋口さんは男女という性別にこだわらない「民間出身ゆえの柔軟な発想」をする役割を強調する。男性に向けて「女性を一人の人間として扱うことが大事」と注文をつけ、同性に対しても「伝統的な女性の役割論に甘んじることなく、積極的にチャレンジしていくこと」とゲキを飛ばす、いや失礼、アドバイスを送る。時代は確実に樋口さんの指摘する方向に向かっている、と実感した。
おことわり;「酒井隼男のコラム」は今年はこれで終了です。来年また再開しますのでお楽しみに。
酒井隼男=筆者のプロフィール 1958年岩手県生まれ.39歳。大学卒業後生協職員や家業の手伝いを経て、1996年から98年まで岩手の前沢町、衣川村を発行エリアとする「胆南新報」の記者。現在はあるタクシー業界紙記者兼フリーライター。
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