【ルポルタージュ】

・変わりゆく弁護士像ー法曹は庶民に近づくか(連載第2回)

フリーランスライター
酒井隼男

 2、法律事務所にならぶ医学書

 十河は先輩弁護士と共同事務所を構えている。といえば聞こえがいいが、実際は「イソ弁」である。先輩弁護士の事務所に入り込む弁護士を「居候弁護士」、略してイソ弁と呼ばれ、誰でも駆け出しのころはイソ弁体験を積む。そして実力がついてくると独立し、いつかは事務所を構える“ボス弁”になるのがこれまでの典型的な弁護士のライフサイクルであった。過去形で書いたのは理由があるからであるが、それは後ほど述べよう。

 仙台地裁が目前にある、法律事務所が15も入っているマンションの一室が彼の仕事場だ。事務所にはいると、8畳ほどの依頼人と面接する部屋に通される。壁面に並べられた本棚には、「行政法大綱」「憲法」「民事訴訟の実際」といった法律書の他に、「判例タイムス」「法律時報」「ジュリスト」といった“定番”の法律雑誌がギッシリと並んでいる。法律書というのは渋い色、特に灰色系やベージュが多く、法律事務所の色彩的な印象を決定づけている。ところがある一角だけが他の箇所と“色”が違うのに気がついた。赤に青に白に茶色に緑にと、妙にそこだけが色とりどりになっている。よく目を凝らしてみると「アレルギー診療マニュアル」「図説医学大辞典」「臨床医の診断学」「新外科学」「消化器の内視鏡治療技法」といった表題が読める。しかもそれが6段の本棚にぎっしりと詰め込まれている。それでも足りなくて天板にも横積みされているから、何も知らないで通された人なら、医者の研究室に迷い込んだのかと思ってしまうかもしれない。

 「いや、別に医者を目指そうとしているわけではないんです。実は私、『医療過誤研究会』という弁護士の集まりに属していまして、その勉強のための教科書といったわけで…」と解説してくれた。それにしてもあの頭が痛くなるような法律書をたっぷり読んだ上に、全く専門外の医学書にも目を通さなければならないとは、弁護士という仕事も楽ではない。

 「医療事故は年々増えていますし、今後も増える可能性が大です。相手は医者という専門家ですからこちらも十分な知識を持って臨む必要があります」と、法律家が医学的専門性を高める必要性を強調する。「ただこちらは法律家ですから、医学論争には立ち入りません。あくまで医療側に動かし難い事実を突きつけて、患者を救済するのが目的ですから」とその限界もわきまえる。医療事故弁護における最大の障害は、
医学というこれまで法曹人にとってブラックボックスだったエリアに踏み込む際に必要な知識の不足であった。それゆえ数多くの有志が手探りで研究や勉強を続け、試行錯誤の弁護活動が展開されてきたのである。

 そんな中で厚生省「エイズ研究班」の責任を追及したHIV訴訟が世間の注目を集め、医療弁護の必要性、重要性が認識されるにいたる。仙台HIV訴訟の弁護団事務局長だった草場裕之弁護士(中央法律事務所)は「厚生省の医療行政をただすという意味で大きな成果はあった」と裁判を振り返る。しかし現実的にはこれほど大きな社会問題にならないまでも、医療過誤や誤診に基づく被害はかなりの数に上っているとみられる。しかし患者にとっては専門家である医者の話を信用するしかなく、泣き寝入りを余儀なくされていた。何か割り切れないものがあったとしても、事後の検証はかなり難しかったのは事実であろう。研究会では医者の協力も得ながら、事例を積み重ねて実際の事件で役立てていきたいとしている。若い十河は、ライフワークとして取り組むべき大きな課題を、この分野に絞ろうとしている。
 

筆者のプロフィール 1958年岩手県生まれ.40歳。1981年大学卒業後、大学生協職員。1995年家業を手伝うため岩手に戻る。家業のかたわら、1996年から岩手の前沢町、衣川村を発行エリアとする「胆南新報」の記者。その後フリーランスライターを経て現在は業界紙の記者。
mailto:Akihiro.Sakai@ma6.seikyou.ne.jp