もう30年も使っていた洗濯機が壊れた。洗濯槽の下から水が漏れ出したのである。新しい洗濯機を運んできた電気屋が「こりゃあ、歴史もんですね。メーカーの表彰もんでしょう」とあきれたように笑った。店主の息子さんも珍しそうに壊れた洗濯機を見つめては、「自分が生まれる前のものですね」と感慨深そうになで回した。そう。20歳のあなたが生まれる10年も前から我が家で懸命に働いた洗濯機ですよ。寿命を終えた洗濯機に別れを告げながら、心のなかでつぶやいた。
妻が我が家に来てどうしても欲しいと言って購入した全自動洗濯機だった。当時は父も母も健在だった。嫁とは両親に仕えるものというまだ古いしきたりがあった当時、妻は「共稼ぎだから、せめて洗濯機だけは手間隙(ひま)のかからない自動式のものにしよう」と注文した。自動なら洗濯にわずらわされる時間の節約になると考えたらしい。全自動洗濯機がようやく商品化された当時だった。
風呂場に設置された洗濯機は珍しいだけに我が家の家宝となった。家族4人が「どんなふうに洗うんだろう」と洗濯機を囲んで、その動きを見つめた。自動的に水を洗濯槽に流し込み、指定された量まで水がたまると自動的に洗濯槽はうなり声を上げて回転し、渦巻きを作った。「オッ。すごい。すごい」。家族4人の8つの瞳は渦巻きに集中し、感嘆の声を挙げた。そして排水、脱水、濯ぎ、再び排水、脱水を繰り返した。皆が感動したのは脱水中に洗濯機のふたを開けると脱水装置が瞬時にストップする点だった。電気屋の「回転中に間違って衣類に指を触れると大怪我をする危険があるのですぐに止まるんです」との説明が今も頭に残っている。
その脱水装置がストップするのが面白く、何度も何度もふたを開けては楽しんだ。妻は「もう。止しなさいよ」と注意したが、ふたを開ける、止まるの単純な動作が面白く、あきるまで繰り返した。見守っていた父も母も最後はあきれて笑ってしまった。あれから30年。過ぎ去った歳月は思い返してみると早いものである。その間に父が亡くなり、母が亡くなった。全自動洗濯機をまるで神が授けた家宝のように手でなでては「世の中は一体、どうなるんだ」と驚いた父と母だった。
家に帰ると洗濯機はいつもうなり声をあげて働いていた。その音は我が家の明るく平和な生活を告げる元気な象徴音でもあった。しかし、それから10年ほど経った2月のある夕・・・。いつものように記者仲間とマージャンテーブルを囲んでいた。家に帰っていた妻から記者室に電話があった。「お母さんが倒れたの。すぐ帰って!」。あわてて帰宅すると母は「おかしい。当たったかもしれない」と言いながら、オロオロする父をしりめに気丈にも自分で立ち上がって着物に着替え、病院に行く準備にかかった。すぐに車に乗せ、大曲市の仙北組合総合病院に駆けつけた。即入院となり、頭の検査が行われた。間もなく医師は「軽い脳卒中のようです」と告げた。
父が看病のため病院に寝泊まりした。それから一週間後、今度はその父が病院で倒れたとの知らせが会社にあった。妻と急いで病院に駆けつけたらベッドの上で点滴を受けていた。医師からの呼び出しがあって看護室に駆けつけた。レントゲン写真を手にした医師は「お気の毒ですが肺がんです。お父さんの年齢は77歳。日本人の平均寿命を超えたから仕方ないと思って下さい。全力を尽くしますが持って9月まででしょう」と死の宣告だった。
一家4人の平和な生活は一転した。以来、妻と共に病院暮らしとなってしまった。仕事を終えては病院に駆けつけ、母と父の看病である。母は車いすでの生活となり、父は次第に衰えた。ベッドの下に夫婦で眠り、深夜、「おしっこに行きたい」と母の訴えに目覚めては、妻と共に車いすに乗せトイレに駆けつけた。寝不足が何日も続いた。それでも父は夏ごろまでは何とか院内を歩けた。父には病名を覚られないようにと「医者は母のためにおやじにも入院してもらったと言ってたよ。体がだるいのは歳のせいだって」。そんなとりとめもないことを言っては病気をごまかした。父も病気のことは意識したくなかったのだろう。妻に「本が読みたい」と甘えた。妻は職場の図書室から「宮本武蔵」など時代小説を借りてきては父に与えていた。しばらくは本を楽しみながら、体調が良ければ母の病室に降りてきて「なんとだ」と見舞った。
しかし、9月に入ったら医師が告げたように父はめっきりと体力が落ち、ベッドから立ち上がることも出来なくなった。母は心配し、東京にいる兄や秋田の姉に電話で帰郷するよう伝えた。それまで何度も見舞いの足を運んでいた姉も兄たちも覚悟を決めたかのように病室に駆けつけた。間もなく昏睡状態となって9月27日深夜、父は息を引き取った。母は病室で一人泣いていた。「おれがこんな体になったばかりに何にもしてやれない」。一人で泣いていた母だった。それから10年経って、母は寝たきりの生活を送ってこの世を去った。
全自動洗濯機はそうした我が家の変化にもかかわらず相変わらず働き者として頑張った。父の葬儀を見送り、母の葬儀を見送って、兄や姉、親類など大勢の泊まり客のシーツや衣類の洗濯まで引き受けながら頑張った。しかし、ここ数年は脱水が始まると「ガタガタ」と異様な音を立てて機械全体がブルブルと震えた。時には「ガタンッ」と激しい悲鳴も挙げた。「お前も歳なんだな」。妻は、洗濯機を見つめては寿命が来るのを気にし出していた。
そして数日前にとうとう洗濯槽から水が漏れ出して浴室隣の脱衣室は水浸しとなってしまった。電気屋が運んできた新しい洗濯機は「遠心力」で洗うのだという。「おまかせ」と言うのがメーカー側のうたい文句で、洗濯物の量や衣類の質まで見分けしては水量や回転力を調整する“かしこい奴”だ。それにしてもさまざまなスイッチがあって慣れるまで苦労をしそうだ。自分が使うわけではないが・・・。全自動が入ったときは4人家族だった。今は二人と一匹の家族である。新しい洗濯機は今後、私たち二人と一匹の生活の様子を伺いながら生活を共にすることになった。